12

「気付いてるでしょ。物心ついた時から俺のココの中心なんて、ナオくんだけなんだよ」
 ここ、と言いながら指したのは己の心臓で、生きるという強い言葉の次に示された場所だからこそ、強張った顔を崩すことができなかった。
「ナオくんのことを呼ぶたびに、キラキラしたすげーきれいなもんがココに溜まってって、ナオくんが笑ってくれるとストンって身体の中に落ちるんだ」
「…………」
「なんだろ、宝石みたいに、ほんっとにキラキラした気持ちになるんだよ」
 昨日チェストの中の宝物を眺めていた時、俺も全く同じ気持ちだった。
 俺だって、小さいころから俺の中心はおまえで、おまえが笑うたびになんでもできるって思ってたよ。おまえのためになんでも頑張れるってずっと思ってたし、今でもそう思ってる。言わずとも伝わっているだろうことを目で訴えると、うん、と満足そうに頷かれてしまった。
「でもさ、おれ、今回思ったんだよね」
「…………」
「今回さ、ナオくんは、自分の都合で離れようって思ったよね。結果的に俺のためだとしても、言い出したのはナオくんだったじゃん。いいよね、それなら。気持ちの整理がついてるもんね。でもね、いまこうしてホッとしてるこの瞬間にさ、おれがナオくんの前から突然いなくなったら、ナオくんは自分がどうなるか、想像したことある?」
 怒気を孕む口調の理由は、きっと、一方的な別れを許していないせいだろう。

「―――想像して」

 一瞬の間を置いて言われた一言に、想像したくない、と素直に思った。

「……いなくなるって、んな大げさな」
「そういう意味じゃないってことくらい、わかってるでしょ?」
 どこかに居なくなる、目の前から消えてしまう、そんな一時的なものじゃない。こいつが言っているのは、もっと長い、このままずっと、一生―――。
「そういうことだよ。俺とナオくんが離れるとき、って」
「…………」
 真剣に告げた台詞に嘘はないらしい。
 だから、二度と言わないで、と怒りを鎮めた哀しい瞳で言われれば、何度謝ってもハルトを傷つけた事実は消えないのだろうと思った。
「……少しはわかった? 俺の気持ち」
 けれども、そんな気持ちを飲み込んで、ハルトは、ぱっと笑顔を浮かべる。
「ナオくんがおれのこと大好きだって、離れられないって知ってるけどさ、ごめんね、やっぱりちょっとだけいい気持ちしなかったからさ。お返ししちゃった」
 えへへへ、とハルトが笑っても、俺はちっとも笑えなかった。
「………………ごめん」
「ん?」
「ごめん。ほんと、……ごめん」
 指先が震えていることに気付いたのは、安堵したように微笑んだハルトが「だいじょうぶだよ〜」とまるで子供をあやすように俺の手を握ってきたからだ。「はいはい、ここにいるよ〜」と楽しそうに俺の指を曲げたり伸ばしたりする余裕そうなハルトを見ていると、どっちが子供だかわからなくなってしまった。
 だって、離れられないのは、おれのほうだ。
 どんなに宝物が残っても、どれだけキラキラした気持ちが残っても、俺の前からこいつがいなくなったら、そんなもの、なんの意味もなくなるんだ。
 こいつがいるから、生きてるようなものなのに。
「うーん、ナオくん〜。やっぱいいや。ごはん。頼まなくて。……帰ろう、ウチに」
 たくさんの種類があるメニューは家に帰ってから一から夕飯を作るよりも遥かに魅力的な誘いのはずなのに、いまはなぜかあの家に、すごく帰りたいと思ってしまった。昨日も今日も居た家なのに、同じ家のはずなのに、ハルトの大切さを実感した途端、いますぐに、あの広くもないキッチンで騒ぎながら料理を振る舞ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
「………………俺もそう思ってた」
 そう告げれば、歯を見せたハルトが、メニューを戻して席を立つ。何もしていないのに楽しそうな様子はきっと俺も似たようなもので、天気がすごく良いわけでもない中途半端な曇り空のはずなのに、心のなかは、からっと晴れたような気持ちでいっぱいだった。
 帰り際、店外に出た際にちらりと店内と見渡せば先程ハルトに気付いたらしい女性二人組があたふたと唇に人差し指をあてていて、どうやら、内緒にします、というメッセージを必死にくれていたようだった。
 やっぱりバレていたか、良識のあるファンだったらしい彼女たちに苦笑いをしながらお辞儀した俺は、申し訳無さからハルトの服を引っ張って、この泣き虫も一緒にお辞儀させてやった。
 意味のわからなそうなハルトに軽く事情を説明すれば、ふと思いついたように自分の髪を触り始める。
 何をしているんだと思ったのは俺だけじゃなく女の子たちも一緒だったようで、髪に何かついているのだろうかと不安そうに自分の髪の毛に触り始めていた。
 するとその次の瞬間、ハルトはわざとらしく自分の髪にキスをして、まるでCMの所作を再現したような男が現れた途端、分厚いガラスの向こうから叫び声が聞こえてきた。
 ガラスを突き抜けるほどの声を出し店員に心配される彼女たちを今度は俺が意味がわからず見ていると、「あの席通った時、俺のシャンプーの匂いが強くなったから」と呟いたハルトに、芸能人は伊達じゃないなあとぼんやり思った。それと同時に、ハッと思いついたことがある。

「―――」
 それだけ周りが見えている男が、あんなところであんな風に泣き出すだろうか思ってしまったからだ。

「…………おまえ、まさかわざと、」
「もー! なぁおくーん、はやくはやく、かえろ〜!」
 けれど、俺が小さく呟いた声は、三歩先から嬉しそうに岐路を促すハルトの声にあっさりかき消されてしまう。
「…………はえーんだよ、おまえが!」
 だからこそ、俺はその先の言葉をあっさり空に捨ててやった。
 たとえそうだったところで何も変わらないからだ。





 作戦 五

 正直に別れを告げましょう。
 失敗。 





 俺はどうしたって、こいつがかわいい。
 どんなことをされたとしても、まあいいかと、そう、盲目的に許せてしまうくらいには。




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