圧倒的なフラッシュの光線が止んだ後も、健悟とカメラマン、数人のスタッフが集まってはカメラを覗き込んだりスタジオを指差してあれこれと話し合ったりしているようだった。
 そのかたまりを見ていた蓮に真っ先に気付いたのは先程財布を渡してきた仲北という男、仲北と眼が合ったと思った蓮が左手に持ったコーラを少しだけ高く掲げると、それに反応したらしい彼はまるで尻尾でも振るような勢いで蓮のもとへと翔けてきた。
「サーンキュ! 差し入れ水とお茶しかねぇんだよ、ここ」
 やった、と嬉しそうなのは言葉だけではない、表情から嬉しさが滲み出るようなそれに少しだけ驚きながら、蓮はコーラを差し出した。
「あ。後で金返すわ、俺のもついでに買ったから」
「ああ、いらねぇよそんくらい。お駄賃お駄賃」
 からからと笑いながらあまりにも美味しそうに喉を鳴らすものだから、先程の会話は余程余裕のなかったものだったのだろうと知る。撮影を終えた彼は些かの余裕が垣間見られて、何の撮影だったのかと問えば普通に答えてくれるような印象の良い人間となっていた。
 他愛のない話をするうちに、意外と良いヤツじゃん、と蓮も笑みを浮かべている、と―――。
「―――蓮。」
 たった一言、声が降ってきたことに気付いたのは健悟が仲北のすぐ後ろに立ったところからで、仲北との会話に夢中になっていたのか、健悟が近付いて来ていたことに気付くのが遅れてしまったようだった。
「おう、お疲れー」
「……んー」
 手を挙げて挨拶をした直後、疲れたと、ありがとうと言って抱き着いて来そうな様子を受信していただけに、生返事のそれには首を傾げることしかできなかった。
「……! お、お疲れ様です!」
「……ドーモ」
 すると健悟を視界に入れた仲北が、ピシッと背筋を伸ばして挨拶をしたことに蓮が片眉を吊り上げる。明らかに動揺を見せる仲北がおかしいと思いつつ健悟にコーラを渡そうとすると、話し掛けようとする蓮よりも不機嫌にトーンを下降させる健悟の怒り混じりの声の方が先だった。
「……蓮なんでコーラ持ってんの、財布楽屋でしょ?」
 上質な衣服に身を包んでいるにもかかわらず、まるで子供のように膨れてしまいそうな頬、拗ねたようなそれに何をそんなにも不機嫌なことがあるのかと眉をしかめた蓮が仲北を指差せば、その顔は余計に歪む一方だった。
「あ? 金借りたんだよ、こいつに買ってこいって言われたついでに」
 怒る意味が分からないとばかりに蓮が仲北を指差しながらコーラを掲げると、それを見た健悟はぴくぴくと目元を引き攣らせながら視線を移動させる。
「買ってこい……?」
「……!?」
 慌てた仲北が蓮の腕を掴んで健悟から見えない位置、少しだけ後ろで横を向かせると、小さく掠れた声で蓮へと話し掛けてくる。
「ちょ!! ……おま……おまえ、まさか真嶋さんの知り合いだったわけ……!?」
「は? ああ、うん」
「…………!!」
 何故か顔を青褪めている仲北を訝しみながら蓮が頷くと、仲北は更に慌てた表情を表に出した後、健悟へと振り返り「すみません!」 と焦燥混じりの謝罪を口にした。
「? はぁ? なに謝ってんのおまえ」
 謝るにしても謝る相手が違うだろうと蓮が仲北に尋ねると、その張本人は焦った顔もそのままに小刻みに首を横に振ってきた。
「だって……おまっ……!」
「? つかおめーも何で怒ってんだよ。別にいーじゃんそんくらい、俺もヒマだったし」
 ほらコーラ、と呑気にコーラを差し出すと、健悟の表情が一瞬ピキリと固まってから我慢ならないとでも言うように両腕を蓮へと伸ばしてきた。
「……暇じゃないでしょ、人の撮影見といてヒマってどーういうことですかぁぁー」
 ギリリリリ、と蓮の頬を抓る健悟の唇はすっかり尖っていて、蓮は伸ばされた腕をバンバン叩きながら抵抗していく。
「、ってぇ! わりぃ、うそ、離せバカ健悟ッ!」
 痛い痛い! と騒ぎながら健悟を殴りつけると、その行動に驚いたのか仲北はあんぐりと口を開けてしまっているようだった。
「真嶋さーん、次のカットおねがいしますー!」
「……あ、はい。すみません」
 スタッフの打合せから逃げてきたらしい健悟は苦笑いとともに声の方向へと頭を下げて、次の衣装に移るべく楽屋へと脚を向けようとしていた。
 けれども健悟の心残りと言えばひとつだけであり、未だ不満気に唇を尖らせる蓮の頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜる。
「れん、こっから動かないこと。いーね?」
「…………やだ」
「れん!」
 もう! と子供のように怒る健悟は仲北への牽制の意味も含めているのか、これ以上近づくなとでも言うように再び蓮の許へと移動する。
「バカ、さっさと行けよ、撮影つまってんだろうが」
 けれどもそれを阻止するのは蓮であり、撮影用の服を汚さないようにと膝をつかって健悟の太腿を蹴りつけた。
 そして痛がる健悟の背中を押しては、「……動かねぇから」と呆れながらも言い切って、漸く健悟を扉の外へと誘導してやることに成功した。
「…………」
「はぁ……、……ってことで俺こっから動いちゃダメらしいから、金あとでも良い?」
 ぽかん、と口を開けて信じられないものを見たと云わんばかりの仲北に苦笑を返しながら話し掛けると、そこでようやく意識を取り戻したらしい仲北はビクッと肩を揺らしてから背筋を伸ばした。
「……や、いらない、です。すいません、パシって……」
「はぁ?」
 つつつ、と目を逸らした仲北からは先程までの親近感も感じられず、蓮以上の苦笑いを表情へと貼り付けながら口元を抑えている。
「……知らなかったんスよ、真嶋さんの知り合いだって……」
「は……なにあいつ、どんだけよ……」
「!?」
 まるで健悟を馬鹿にしたような口調で問えばそれに驚いたのは仲北、目を大きく開いては何を言っているのかと小刻みに首を横に振りながら蓮の発言を否定しているようだった。
「つかそんなかてぇモンでもねぇだろ、あんなん……」
「!!??」
 なにそんなビビってんの、と蓮が問えば仲北はガッと蓮の肩を掴んでから、小さく一言、「ぜんぜんわかってない……!」と震えながら呟いた。
 その気迫に蓮は一歩後ずさったけれど、健悟に叱られた手前律儀にも同じ場所に立っていようと場所を戻す。すると同じときに撮影を再開させた健悟を指差した仲北が、「あれです、」と小さな声を蓮へと届けてきた。
「なにが?」
「だから、真嶋さんの人気の秘密……っていうか?」
「は?」
 何を言っているのだと健悟を見れば、相変わらず芸能人としての猫を被ってはカメラマンに褒められながら表情を幾度も変え続けているようだった。
 本当にこんな光景あるんだ、と蓮が魅入っていると、かっけぇなぁ、とぽつり呟いた仲北が一人頷きながら話し始める。
「え?」
「真嶋さんがすげぇのって雑誌だけじゃないんすよ、ドラマん時だって真嶋さんが話すだけで雰囲気が一変するっていうか、締まるっていうか……ビジュアルが良いのはもちろんだけど、それだけじゃないんすよ」
「あー…………もしかしておまえ、あいつのファンなの?」
「ファンっていうとなんかちがくて、……つか、モデルやってる奴なら誰でも憧れるっつーか、」
「……まぁ手足長ぇし、顔ちっせぇしなぁ……タッパもあるし」
 モデル、という観点から考察した蓮が自分の身体を見下ろしながら言うと、余計に健悟との差を思い知った気がして自然と唇が尖ってしまった。
「―――多分誰よりも、自分の魅せ方を知ってるんですよね」
 健悟をまっすぐに見ながら言い切った仲北は、まるで健悟のスタイルから何かを盗もうとしているような瞳をしていた。
「…………」
 それは仕事だけじゃねぇなぁ、と蓮が溜息を吐きながら思うことは家での健悟の様子、自分の魅力を知っているからこそ最大限に利用して蓮を翻弄してくる様子はわざととしか言いようがなく、蓮はその表情を思い出しては絆される自分も悪いと盛大な溜息を吐いた。
 その後隣に居た仲北には健悟の撮影を見ながら延々と魅力を語られて、可笑しな構図だなぁと思いながらも、自分の好きな人を誰かが好きだと言ってくれることがとても嬉しくて、朗らかで不思議な感覚に酔っていた。



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