他愛もない話をしながら移動しては、スタジオよりも少し離れた無人の場所で停車する車、その中で健悟が後部座席に置いてある紙袋から鬘を取りだして、真っ黒なそれを己の頭へと被せたとき、その直後のことだった。
「―――……ぅっわ……」
「?」
 健悟が同色のカラーコンタクトを目に入れたあとで瞬きを繰り返しながら蓮を見れば、自分事ではないというのにあまりにも痛そうな顔をしていた。その歪んだ表情を見てつい笑ってしまうことも無理はない。異物を眼球に入れるという行為を見慣れていないのだろう、引き攣った表情にわざとらしく近づいてみると、怯えるような目つきに巡り会えると思ったというのに、実際に降り懸かる表情といえば久しぶりに対峙するだろう照れたような表情だった。
「……?」
 不信に思う健悟をも、まるで別人を見るような瞳で見つめてはぱっと逸らすものだから、健悟は自分自身にムッと小さな嫉妬心を抱いてしまうことも無理はないことだった。
「ふーん……れんくんはコッチの方が好きなんだー」
「、ちがっ」
 だって、これは、完全に、―――真嶋健悟に見惚れていたということなのだろう。
 そう思った健悟が口先を尖らせて言えば、蓮は一瞬否定の言葉を生み出したけれど、完全に言い切ることなく口を濁してしまった。
「違うの?」
 むっとしながらも普段蓮に見せる表情をつくれば些か安心したらしい、目の前に居る所詮は芸能人から目を逸らすように斜め右下に視線を送った蓮がぼそぼそと小さな声を紡いでいく。
「、…………つか、どっちもおまえだっつーのは分かってっけど……見慣れねぇし……ダメなんだって……」
 口元を抑え健悟を見ない振りをして話す蓮の頬は若干上気がかっていて、その変化を目の当たりにした健悟はほんの少しずつ、嫉妬心の塊が柔和されていく感覚を得た。
「……なにそれ?ダメってなに?」
「〜〜〜〜」
 今度はわざとらしく芸能人の顔をつくりながら蓮の顔を覗き込むと、これには未だ慣れていないらしい、蓮が言葉にできぬといった表情で健悟の鬘を引っ張ってくるものだから、ごめんごめんと、いたいいたいと、からかい交じりに笑いつけてやれば少しだけ固まっていた靄を晴らすことが出来た。
「あーでも、なんか蓮のそういう反応久しぶり……かっわいー……」
「っ、」
 ぽろりと漏れてしまったのは確かな本音、結局のところ、いつまで経ってもいつになっても目の前の人間が可愛くて可愛くて仕方がないのだ、自分は。
 熱情の篭った視線が居た堪れなくなったのか、蓮はかあっと顔を赤くしながら、段々と近寄って来る健悟の左耳を抓りながらぎゅうっと引っ張った。
「っ……スタジオ行くんだろっ!さっさと行け……っつーの!」
「ったたたたた!」
 ぐりぐりぐり、と健悟の耳を捩りながら叱ると、悪ふざけをしていた健悟は蓮の手に自分の手を重ねながらその痛みに悶絶しているようだった。
「もぉー……分かったよ……」
 ひりひりと痛む耳を摩りながら健悟は大きな溜息でその話題を終息させる、そして―――。
「―――……れーん」
「―――」
 嬉しさを表現するように蓮の唇を舌でぬるりと舐めてから、その隙間をこじ開けるように舌を横にスライドさせる。いきなりのことに、ぽかん、と開いている蓮の顔にしめたと思いながらぐいっと舌を捩込んで、ちゅーなんて可愛らしい響きには似合わぬ深すぎる口づけをお見舞いしてやった。
 蓮の後頭部を抑えながらぬるぬると舌を動かして蓮の唾液を貰っていったところでようやく蓮がどんどんと胸元を叩いて来るものだから、健悟は蓮の舌にちょっかいを出したあと、最後とでもいうようにちゅっと上唇に音を落としてからゆっくりと離れていく。
「よし、行こっか?」
「………………」
 平然とした顔でぐいっと口端についた涎を拭う健悟とは正反対、顔を真っ赤にして運転手の脇腹を殴る蓮は、危ないよと笑いつける健悟を見ては、いつまでも振り回されすぎていると、蓮自身、そんなことをぼんやり思った。
 結局のところいつになっても不意打ちが弱い蓮に健悟がにやにやと緩む頬を抑えきれずにいると、それを見た蓮が毛を逆立てる猫のように警戒してくるものだから、そのわかりやすさには只々可愛いと静かに笑いを堪えることしか出来ない。
 今度から蓮になにかしたいとき、油断させたいときはコッチの格好で逢えば良いのかと新たに悪知恵を付けてしまった。
 見慣れてないからっていうのもあるだろうが、雑誌やテレビで色々な話をしている自分を見て思い出すことがあるのだろうか、この容姿が蓮好みだということを自覚しているからこそ、それを如何に自分に都合良く使えるかと考えることは実に楽しいものだった。
 そんなことを考えているうちにいつも使用しているスタジオが見えてきて、検問の入口に車を止めるとあたかも珍しいものを見るような瞳を向けられてしまった。
 それはそうだ、いつもは事務所の車の後部座席で待機しているはずの人間が、見も知らぬ子供を乗せては自分で運転してきているのだから。考えてみればスタジオまで自分で運転してきたのなんて、初めてかもしれない。
「―――おはようございます」
「おはようございます。すみません、この子特例で。一枚くれます?」
「はい、もちろんです」
 警備員に渡されたプラカード、“GUEST”と書かれたそれを蓮の首に下げてあげると、本人は物珍しそうに触っていたけれど、無くしたら洒落にならないものだという自覚はないのだろう。
「これ。絶対とっちゃだめだよ? ケーサツ連れてかれちゃうからね?」
「!?」
 うそだけど、とは付け加えず蓮に向けてにっこり笑うと、蓮は本気にしたのかコクコクと頷いてからそんなに貴重なものなのかとなんの変哲もないプラカードを見下ろしているようだった。あー、くっそかわいい、といますぐにキスしてやりたい熱情を抑えては、健悟は場所が場所だと自分を抑圧しながら駐車場に車を停車させた。
 車を降りてから蓮を楽屋に連れていくも、その道中行き交う女性に見惚れるように視線を滑らせるものだから、何度その頭を掴んで呆れながらも自分の隣に戻したことだろうか。
 片や男性モデルにすら目を奪われるのだから目を離すことすらできない、名の知れた有名人だからではなく、その高い身長や伸びた手足が羨ましいとそういう観点だとは分かっていても、快く受け入れられるはずもなかった。
 次々移り変わる蓮の視線に少しだけムッとして、思うことは連れてこなきゃ良かった、という悪循環に変わってしまいそうで、健悟は急いで両手を伸ばす。
「うろうろしちゃだめだよ?」
 伸びた両手の行き着く先は蓮の両目、他の誰かを見る視線を遮るように覆っては、見えないと騒ぐ蓮をそのまま自分の楽屋へと連れていく。
 誰にも逢って欲しくないから、とでいう下心を隠しながら蓮を楽屋の中に入れてから、うろうろしてたら怒られるよ、と平然と嘘をつく。
 ヒト一人が散策していたとしても何も変わることはない、それでもそれをすんなりと信じたらしい蓮はこくこくと頷き大人しく楽屋に入ることを了承してくれたらしかった。
 楽屋に入ってからまず目に入ったのはハンガーに掛けられた洋服と小物たち、スタッフが置いていったのだろうそれは今日撮影するメインブランドの新作で、今はまだ眠っているそれに動きをつけて息を吹き入れるのが今日の一番の仕事だった。
 何着ようかなあ、と健悟がスライドさせていくと、ちょこんと右斜めに後ろに待機した蓮が物珍しそうに覗き込んでくるものだから、健悟は真剣な眼差しをも崩し、ふにゃりと頬を緩めてしまう。
「見る?」
「見る!」
 新作揃いのそれは海外ブランドの新製品で、日本では未だ扱われていないものばかりだ。着る?と蓮にけしかけて睨まれてしまったのは、健悟が蓮の服のサイズを考慮していなかったという一点、丈があまるだろう自分の姿を想像した蓮が悔しそうに健悟の脇腹を殴りつけたのだった。
 わざとらしく頬を膨らませ眉を顰める蓮に抱き着いて、ごめんってー、と謝りながらも幸福そうに健悟が笑った、―――その瞬間。
「真嶋―、入るぞー」
 こんこん、と、楽屋のドアにノックの音が落ちてきた。



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