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* * *


「ん〜〜〜っ!いい天気ーっ!」
「うおー、すげ、グラウンドひっろー」
 全身で伸びをしながらゆっくりと歩みを進める恭祐は澄んだ空気を褒め称えているようで、どこか懐かしいにおいがする自然のグラウンドに蓮も胸を高鳴らせながら近寄って行く。
 ユニフォームでもなくジャージでもなく気合いも何もないただのスウェットパンツとロンティーで外に出てきたのは蓮とて恭祐とて同じこと、レクレーション二日目は体育館やグラウンドを貸し切って自由にスポーツをして良い日となっており、広いグラウンドで野球をするもよし、体育館でバレーボールをするもよし、少し離れた場所にテニスコートも完備されている合宿所は思っていたよりも随分楽しそうで、大半の生徒は教師陣の説明に耳を傾けることなくきょろきょろと周りを見渡しているようだった。
「イガ〜、なにやるー??」
 それでも、解散、という教師の言葉だけはしっかりと捉えていた恭祐は、昨夜延々と話していたことで一段と距離が近づいたであろう蓮に対して、迷うことなく話し掛けた。
「サッカーしてぇ、サッカー」
「サッカー好きなん?」
「そこそこ好きよ。部活とかガチなん入ってたわけじゃねーけど、フットサルとか、皆で集まってやったりウイイレしたり?」
「ウイイレ」
 はっと鼻で笑った恭祐はバカにしていたわけではなく、やるよねー、と懐かしそうに同意してきたものだから、蓮は思わず金持ちも普通のゲームやるんだな、なんて、小さな出来事に感心してしまった。
 倉庫までサッカーボールを取りに行く途中では、ゲームでよく使う選手の話だとか現実世界で応援しているチームの話だとか、自分の好きな国の話をしていけばあっという間に過ぎて行き、コアな話まで通じることに些か感動しながら歩みを進めていた。
「っていうか恭祐、おまえ何部だったの?あ、つかあっちって部活とかあんのか?」
「あー、あるけど、俺はなんもやってなかったよ。でもサッカーがいちばんすきー」
「マジで?」
 おれも、と同意する蓮の言うサッカーといえば狭い土手で駆け回っていた悪友たちを思い出しての行為をさしていたけれど、恭祐はまるで意味が違うとでもいうように何かを思い出しながら脚でリフティングを始めた。
「おー、うめえ」
 やるな、と恭祐を褒めた蓮は、その後自分も負けじと膝の上にボールを乗せていた、……けれど―――。
「んーおれねぇ、結構ガチだよ〜、イングランド、イタリア、ブラジルドイツ……結構本場見に行ったりしてたもん」
「、え」
 にやっと笑った恭祐の言葉に蓮はいともあっさりとリフティングしていたボールをグラウンドに落としてしまい、転がるボールを拾いながら再度挑戦し続ける。
「マジで?すっげ、俺も見てえ」
「ほんと?ちょっと伝手あっていつもチケットタダで貰えるしさ。今度イガも一緒行こうよ〜、別に海外行かなくてもさぁ」
「え、超行きてぇそれ!」
 恭祐に賛同する蓮が目を輝かせている理由といえばホンモノを生で見ることができる興奮からと、共通の趣味を持っている仲間に出逢えたから、田舎を抜けたおかげで巡り会えるような新しい遊び方がこれからまだまだあるのだろうと心の底からわくわくしてしまったからだ。
 蓮よりも大分年下だというのに、あらゆるものの経験値は恭祐の方が高いのではないだろうか、自分が知らないことを沢山知っているのだろうという恭祐に対しての期待は治まらず、年下のくせに凄いと率直に思う傍ら、生きてきた場所から違うんだから仕方がないと、これから新しい世界を知っていけることが酷く楽しみになっていく。
 合宿から東京に戻ったら、サークルでもチームでもなんでもいい、あくまでも遊びの延長で楽しくフットサルができるようなところに所属したいと言う恭祐には勿論賛同しかできず、きっとストレス解消にもなるだろうそれに蓮も一緒に入ると言えば恭祐はとても嬉しそうに笑ってくれた。
 そんな小さな約束をしながらパス回しをしていれば自然と周囲に人が寄ってきて、いつの間にか誰彼かまわずルール無用のサッカーが始まって行く。
 名前も知らないクラスメイトばかりだったけれどもそんなことは関係ないとばかりに身体を動かすことは楽しくて、まだ肌寒いというのに半袖で駆け回る蓮たちは、スポーツをするというそれだけで随分と周囲との距離が縮まっているようだった。

* * *

 ―――そして種目を変えることなく夕方までずっとサッカーをしていた蓮たちはそのままご飯を食べて風呂に入って、今日こそはと捕まえられたクラスメイトと一緒に酒を飲めば一日という期間はあっという間に過ぎていってしまい、短かった一日を振り返りながら蓮は布団の中で携帯電話を握り締めていた。
 サウナに入ってから部屋に戻ると言っていた恭祐とわかれた今こそ健悟と話す唯一のチャンスだったというのに、生憎携帯電話にはちらちらと圏外という文字が顔を覗かせていて、依然不明瞭な電波の中で唇を尖らせながらぼやくことしかできなかった。
「くっそ、電波ねぇし……」
 古典的に携帯を振っても勿論電波が回復するはずもなく、変わらぬ圏外表示に辟易しながら蓮が溜息を吐く。
「……まぁ、いちにちくらい……」
 べつに、と自分で自分を許そうとした、けれど―――。
「………………いや、やべぇだろ」
 冷静になればなるほど「一日くらい」という甘い表現が健悟に通じるはずもないと思い知らされる、それこそ本当に、一年半もあれば自分がどれだけ愛されているのかは気付くと、自信を持って言い切れるくらいには。
 連絡がとれないこの状態は健悟にとっても確実に宜しくないと云えるもので、今もなお貧乏ゆすりでもしながら携帯を握っている姿が安易に想像できるのだから、ちょっとだけ笑えてしまうことも無理はないことだった。
「まぁでも……ねぇもんはしゃぁねぇよなぁ……」
 じたばたしていても電波の無い事態は変わらない、布団を出て部屋のあらゆる箇所で電波を眺めてもダメだったのだから仕方がないと諦めることしかできず、少しの罪悪感を伴いながらメールを送信予約状態にして、身体の疲れに身を任せながら目蓋を閉じたのだった。



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