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 痛みに耐えきれずバンバンと恭祐の頭を叩けども、逆にその刺激は更に肩に喰い込むようで、まるで攻めるように痛みを増していく。
 しかし、「ギブ、ギブ!!!!」と散々蓮が喚いた後でようやく目の前に現れた恭祐はけらけらと笑っていて、罪悪感など無いとでもいうように平然と口元を拭っているのみだった。
「たまにはケンカしちゃえばいいのにぃ〜」
 そして笑いながら毒を吐く恭祐は純粋に楽しんでいるのだろう、過ぎた悪戯だと言わんばかりに余裕ぶって自身のロンティーを脱いでいく。
 けれども蓮にとっては一大事と言っても良いこの事態、じんじんと痛む肩を抑えながら鏡の前に行き、悪ふざけの延長ですっかり幾つかの点状になっている歯形を見れば見るほど、面倒くさい男が頭に浮かんで離れなくなってしまった。
「―――てめっ……!!マジ、シャレになんねぇからっ!!!」
「あははっ」
 数えきれる赤ならまだしも、鏡に映るくっきりとした歯形は鎖骨と肩だけ、柔いものならまだしも明らかに強過ぎる噛み痕の無い身体はきっとあの時の自分が酔っていたからという健悟の配慮でもあったのだろう、分かりやすくできた新しい痕が張本人にバレればどうなるのか予想もつかなかった。
 こんなにも身体中吸いつかれたり浅く噛まれたりしていればまさか一々覚えていないだろうと油断したけれど、現実問題自分の黒子の数まで頭に入れているようなストーカーだ、まさかと思いながらも、きっと覚えているに違いないだろうという確信があった。
「おっまえ、まじで……!!」
 このバカ、と吐き捨てれば吐き捨てるほど恭祐は悪戯っぽく笑うだけ、度が過ぎたからかいを消すように蓮は肩元をごしごしと擦るけれど、案の定強く強く噛まれたそれは一向に消えることはなかった。
 気付かれないことを祈るか、最早傷痕に近い歯形が消えるまでひた隠しにするか、三日近くあれば後者の方がまだ可能性はあるかと思いつつ、既に面倒くさい未来を予想しながら溜め息しか出てこない。
 最悪だ、と蓮が溜め息を吐きながらジーンズを脱いだとき、恭祐はふとその内太腿にまで赤を発見し、異常な執着を垣間見せるそれについ眉根を寄せてしまった。
「……ちょっとさあ、彼女激しすぎじゃなーい?」
 ぽそり呟いたあと、全力で睨んでくる蓮に向けて、イガの情事覗き見てる気分なんだけどぉ〜とふざければ、良いから忘れろとまた殴られる。
 ボクサーパンツを脱いだ後、その赤い事実を消し去るように腰にタオルを巻いた蓮を見ればついつい湧き出る疑問、目の前にいる蓮を見て、またオリエンテーションで自分の好みのタイプを語った蓮を思い出して、点と点が線に繋がらない不思議な感覚があったからだ。確証もないそれは所詮第六感というものだったけれど、なんとなく、そんな激しい彼女は似合わないなと、ふと思ってしまった。
 黒髪ストレートな純真美人がすき、そんな分かりやすい好みを嬉々として話していた蓮の隣りに並びそうにもない激しい痕、蓮の中身を一切知らず見た目だけで判断しているならばその隣りに金髪のギャルが並ぶ姿が想像できたのに、今だからこそ浮かぶ疑問が、ふっと音を立てて現れる。
「……ねぇー、イガー、あとで彼女の写メ見せてぇー」
「えー、だめ」
「なんでぇー?見たい見たい、ちょぉー見たいー!」
「だーめ、ぜってぇダメ」
「……えぇー!」
 異論は聞かないとでも言うような確固とした却下に唇をわざとらしく尖らせても蓮の態度は変わらない、むしろさっさと行くぞと恭祐を置いて浴場へと進んでいく蓮を見て、少しの間考える。恭祐が強く迫りよれば困ったように溜息を吐いて薄く笑うその雰囲気、人のよさそうなその性格は、そんなに激しい女の子が隣に並ぶことは想像し辛いと、そんなことを。見た目だけで推論すれば、頭の軽いギャルでも並んでいそうなのに、中身は黒髪ストレートの大人しい清純系が好きだと言う。そのイメージと直結した大人しく可愛らしい彼女からは、身体中にあんな痕をつけてまわるような激しさなんて微塵も想像することができなかった。
「なーんか、つながんないなぁ〜……」
 ぽそり、呟いてしまったのはそんなバカっぽい女と二年近くも持たなそうなのに、というふとした疑問の靄が渦巻いたから、まあ自分には関係ないかといえばそれまでの問題に頭を捻る必要はないだろう、目立つ赤を隠し切れていない蓮についていくように前も隠さずに風呂場へと乗り込めば、蓮はさっさと身体を洗って浴室の中へと飛び込んでいたようだった。
 ぱらぱらといる先客は当然クラスメイトばかりで誰もが遠慮することなく騒いでいる白い湯気の中、然程大きくもない浴室で泳いでいる光景は到底大学生には見えない子供ばかりに見える。
 うるさい背景に惑わされることなく、恭祐がマイペースにシャワーを浴びていると、―――突然、真後ろからスコーンと桶が投げられた。恭祐の髪の毛にすらあたってしまいそうな距離へと落ちてきては、ぽとり、騒々しい音を立てながら壁を這って降りていく。
「…………は?」
 危険を察知し驚きながら振り返ると、誰が始めたのか犯人も分からぬほどに騒いでいる浴室内からは、びちゃびちゃと延々に飛沫があがり続けている。
 女湯を覗きに行くよりも子供っぽい言動は全員に共通するもので、高校のプールの授業宜しく、話したこともないクラスメイトたちが既に仲良くなっている光景は、随分と不思議な光景だった。
「恭祐!おめーもはやく来いよっ!」
 浴室中にわんわんと響く声で呼ばれれば、それだけでシャワーを持っていた右手が勝手に動いてしまう、自然と進んでいく脚は楽しそうという抽象的な感覚だけを捉えていて、恭祐は誰に遠慮することなく思いっきりお湯の中へと飛び込んでやった。
 詰り合いながらお湯を掛け合う様子は今ここでしか体験できないもので、その珍しさについテンションがあがってしまうのだろう。お湯をかけられ不本意にびちょびちょに濡れた髪の毛を掻き上げながら想うことは、こんなに賑やかな風呂は初めてかもしれないということ。
 そして蓮もまた、慣れた友人たち以外と温泉に来るのが初めてだと、それどころか、―――地元以外に友達ができたのすら初めてだと、そんなことを思っていた。




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