26

『―――蓮?』
「、え、や、……なに、?」
『……なにって、こっちの台詞。おれの話きいてる?』
「聴いてるって!」
「なに?なにかあった?」
 珍しくも即答と共に狼狽えれば電話越しに眉根を寄せられたことが分かったけれど、なにかあったか、という言葉に心当たりが一件浮かんでしまって、誤魔化すようにぶるぶると首を振った。
「なんでもねぇから……!」
 そう?と聞き返す健悟はこちらの様子を怪しんでいるようで、「とにかくはやめに行くから、話はそれからね」と電話を切り上げられてしまえば、ツーツーという接続の切れた電話を持った蓮に残ったのは、にやにやと試すような笑みを浮かべて眺めて来ている恭祐のみだった。
「ふーん?」
「っだよ」
「んーん。いまの俺が彼女だったらちょぉ疑うなァ〜って」
 不自然な挙動と冷や汗を覚ったのか否定を模すように首を横に振る恭祐はにやにやと笑んでいて、まるでピストルのように右手の人差し指で蓮を打ってから、ニヤリと口角をあげてきた。
「隠し事ヘタなんだ?」
「……よっけいなお世話だ、バーカ!」
 だれのせいだ、あほ!と、胡坐を掻く恭祐の膝を蹴り付けてから、すぐさま自分のデータフォルダから先程の写真を削除する。
 時計を見れば着席してから一時間も経っていないことに気付いたけれども、帰らなければ店まで乗り込んできそうな男を頭の片隅で想像してしまい、渋々残りのお酒を飲みきることしかできない。
 恭祐にお金を払えば「帰るのがはやいよー」と文句を言われたけれど、誰とでも仲良くなれそうなこの男のことなのだから、全く問題はないだろうと苦笑だけを返しておく。
 けれどもすっかり盛り上がりできあがっている宴会の最中に席を立てば、当然酔っ払いからの野次が後を絶たないのもまた、事実だった。
「えーーっ、五十嵐クンもう帰るのー!??」
「彼女ですかー!?」
「、あー……うん、そんなもん」
 喋ったこともない男は顔を真っ赤にしながら蓮に絡んできて、挨拶も無く抜けようとしていた蓮の右腕を掴んでは、ぐいっとドアから集合の輪の中へと引き寄せる。
「はいっ!帰る人はイッキしなきゃ帰れませんーーーー!」
 煩いくらいの声といっしょに差し出されたのは注ぎかけの瓶ビール丸ごと一本、お酒は好きだけれどビールには弱いと自覚している蓮はひくりと頬を引き攣らせたけれど、その男の勢いに押されているのか周りだけは一層盛り上がりだけを見せていく。
「……、……まっじでー?」
「マジっすマジっす!!」
「デケーよっ」
 ジョッキにしろ、と抵抗を見せてもぐいぐいと押し付けられる瓶ビールの存在感は変わらず、大人数によるコールとともに、やけっぱちになりながら殆ど減っていないそれを喉へと流していく。
「―――――――っ!」
 失敗すればもう一杯とでも言わんばかりに真横でもう一本持っている輩が居るからこそ、蓮はその脅しに対して覚悟と根性を決めて渡されたそれを一気に飲み干した。
 わあと湧き上がる歓声は飲み会特有の煩さを誇っていて、合格点を貰えたらしい蓮はクラスメイトから褒め称えられると同時、帰るなよと尚も腕を引かれそうになってしまい、話が違うと初対面の男を笑いながら軽く殴ってやった。
 飲んだばかりで酒がまわることは無く、口端についたビールを片手でぐいと拭っていると、奥に居た恭祐が出てきて、男の腕に軽いチョップをかまして蓮から解放させてくれた。
「はいはい、イガ帰るんだって〜」
「、」
 ええ〜!と駄々をこねる酔っ払いの軍勢に流されることなく恭祐は蓮の両肩を掴んでいて、幹事なんで送ってきまーす、と、尤もらしいことを言って煩すぎる空間から蓮を脱出させてくれた。
「……さんきゅ」
「いーえ〜」
 恭祐に救出された蓮は靴箱から自分のブーツを取り出して、それを履こうとしゃがみ込んだ―――瞬間。
「、ぅっおー」
 ふらり、がくんと脚の力が抜けたように身体がよろめいてしまって、壁にぶつかりそうになってしまった。
「まぁそうなるだろうと思ったよネー」
 それを平然と助けてくれたのは言わずもがな恭祐で、予想していたとでも云うように蓮の肩を自分の方へと引っ張り壁との激突を防いでくれた。
「、わり、あんがと」
「顔は赤くなってないんだけどね、これからクるんじゃない?帰って正解かもね〜」
 ぐいと頬を拭われればその冷たい手すら気持ちよくて、ついぽおっと頭が揺れてしまった。
「歩ける?外まで送るケド。」
「んー、あざー……」
 ちょいちょい、と指でついてこいという合図を出す恭祐は、幹事だからとかそういう名目ではなく、単純にさっきの一気飲みでこうなってしまう自分が見えたからついてきてくれたのだろうか。
「ちょっとぉ、イガだいじょぶー??」
「んー……だいじょぶ、よゆ……いーよ、迎え来てっから……」
 恭祐に腕を引かれ案内された先は居酒屋の入り口、恭祐は大通りまで案内すると言ってきたけれど、たかが友達とはいえ標的にしそうな男の顔が頭に浮かんだためにそれをやんわりと拒否した。
 泉の車が停まる位置はだいたいいつも決まっていて、駅から離れた分かりづらい位置にある。その停車位置も車内に居る人間も、どちらも決して見られてはいけないという自覚を蘇らせたからこそ、蓮は若干回る視界の中、じゃあな、と軽く手を上げた。それには緩い笑みと同様に高く掲げた右手が返ってきて、明日ねぇ〜、と緩く加えられた言葉に、そういえばこれからは毎日顔を合わせることになるのかとぼんやり思った。

 そして携帯を取り出してとにかく健悟に連絡を取らねばと遠ざかって行く蓮の後ろ姿を見て―――……恭祐はひとり、ふうんと頷きながら、楽しそうにその姿を眺めていた。

「―――なぁるほど。結構なオカネモチと付き合ってんだ?」

 恭祐の視線が届く先といえば大学生には到底縁のないだろう蓮のバッグ、ベルト、靴、時計、自分の境遇を聞いても一切顔色を変えず好奇にすら濡れなかった彼の眼を思い出して、珍しいものを見たとこっそり思う。
 女子のような鋭い観察眼を掲げながら、すとん、腕を組んで居酒屋の入り口に寄り掛かった恭祐はまるで分析するように頷いて、明日からが楽しみだと言わんばかりに口角をあげながら笑んでいた。





26/60ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!