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「―――かのじょぉ?」
 目の前で行われている会話のリレーも関係ないと言った様子ですぐさま携帯を開いた蓮に恭祐が問えば、携帯を眺める張本人は少しだけ頬を緩めながら苦笑を返した。
「、あー、うん」
「……ふーん」
 まるで照れるような反応は慣れていないそれのようで、意外、とぽつり呟いた恭祐は自分の話も早々に切り上げてから、にやにやとした顔を隠さず、蓮を揶揄るように話しかけてくる。
「彼女怒んないのぉ? こーんないっぱい女の子居て」
「いや怒る、ちょーキれる」
 周囲を指差しながら恭祐が言うと、蓮は笑いながらも随分と真剣に感情を込めて返答する。
「これとかやばい、マジ死活問題だから」
 そう苦笑いしながら言った蓮は漸くタイミングを見つけたとでも言うように背中にくっつく女子を自分のもとから離して、困ったように眼を伏せた。
「……へぇ〜」
 するとその蓮の様子を見た恭祐は酷く楽しそうに口元を歪めてから、蓮の携帯電話を手元から取り上げてきた。
「、!」
 パッと見ただけでも返信画面になっていることを確認した恭祐は戸惑う蓮の声すら無視、蓮の背中に居た女子の肩を優しく押してから、再び元の位置に戻すよう促している。
「わっ、」
 そして、恭祐に押された反動で再び蓮に抱き着いてしまった女の子の様子をしかと見届けてから、カシャリ、角度によっては女子の大群に紛れ、尚且つ抱き着かれているかのような蓮のポジションをうまく撮影することに成功した。
「なっ……!」
 それに張本人が気付いたのはぽかんとした蓮が写真に納まってからで、恭祐はその焦燥に駆られた反応に対し機嫌を良くしながら携帯の画面を蓮に向けて裏返す。
「送っちゃう? ねえねえ、これ送っちゃう??」
「ちょっ、……マジで!!!!」
 にやにやと写真を見せる恭祐の手元では蓮がひとり女子に紛れて映っているようで、加えて完全に抱き着かれているような浮気写真、これを件の嫉妬深い人間に送ろうものならば百二十パーセント誤解を生んでも仕方のない場面だった。
 焦る蓮の様子を笑ってすます恭祐は特に悪気も無くからかっているようで、基本属性として悪戯が混じっているらしいことを知る。
 そして本気のテンションで焦って止めに掛かる蓮を見ては、本当に嫉妬深いんだな、と見えぬ彼女を恭祐が認識して、余計に弄り甲斐がありそうだと楽しそうに微笑んでしまった。
 その微笑みを見た蓮は鳥肌しか浮かばず、未だ恭祐の手中にある携帯電話に向けて、触るなよ、送るなよ、なにもするなよ、と睨みつけることしかできない。
「……ッ!」
 だって、あのバカみたいな男に向けて、「飲み会のテンションだった」とたかがそんなことを言った位で済まされることは決してないと知っているからだ。
 基本的に自分に甘く悉く許してくれる健悟のことは重々承知しているけれど、その反面、彼の琴線に触れたときは殊更自分の手には負えないことも知っているからだ。やっと始まった東京での大学生生活、大学までの送り迎えを無理矢理させられるならまだ良い方で、下手すれば暫く家から出してもらえなそうだとすら思う。嫉妬にかられた健悟が、己の休みをもぎ取るために動き回る行動力には計り知れないものがあるからだ。
 嫌な予感だけを胸にざわつかせた蓮が恭祐の手中にある携帯電話だけを睨み、どうやって取り返そうかとない頭を搾って試行錯誤している、と―――。
「―――あ。」
 不意に声を上げたのは恭祐、それもそのはず、タイミングが良いのか悪いのか、恭祐の手中にある蓮の携帯電話が淡い光を訴えながら震え始めたからだ。
 送信画面から電話の着信画面へと変わったそれに目を見開いたのは蓮で、勢いよく恭祐に近づいては画面を隠すように右手を伸ばす。
「わー!わー!わーー!!」
 焦ったように画面を隠してもその全ては隠れることはない、着信を告げると共に堂々と映っているのは真っ赤なハートマークの絵文字ただひとつで、こうなる前に適当にでも名前を変えておけばよかったと心底後悔してしまった。
 うわラブラブ、と片側の口角を上げながら微笑んだ恭祐には酷く馬鹿にされたような気がして蓮が頬を赤くしながら項垂れるも、そんな暇があるなら返せと、画面に食いつく恭祐に紛れるように携帯電話を取り返した。
「、……もっしもし……!」
 そして死闘の末に取り返したと言っても良い携帯電話で勢いよく電話に出ると、案の定仕事を終えたらしい健悟からの着信だった。
 聴こえてくる声はひどく大きくて、この煩い場でなければきっと蓮以外の人間まで声が届いてしまうだろう、一発でばれそうなそれに危機感を覚えた蓮は、通話をしながら音量をどんどん下げて、煩く喚く声の主を呪った。
 電話口からの言い分は想像していた通り、いまメールを見たこと、4日間もいないだなんてどういうことだと、もうかえるいますぐかえるやだかえると、年上とは思えない涙声が耐えず聞こえてくるからこそ蓮は頭を抱えて溜息を吐くことしかできなかった。
「……帰っても俺いないから。ちゃんと仕事してから帰ってこいよ」
 じっと観察してくる恭祐の視界から逃れるよう、反対を向きながらぼそぼそと話しかけるも、電話口のテンションは一向に変わらずいやだいやだと喚いているだけでしかない。
『やだかえる、もう前撮りしか残ってないから帰らせてもらう、つーかマジで?4日も?なんで?』
 電話をしている最中にも「ありがとうございましたー!」というスタッフの声がうっすら聞こえてくるということは、此方の言うことも聞かずに楽屋に向かっているということなのだろう。器用に挨拶と泣き言を使い分ける健悟は電話に向かうときだけ表情を変えてしまっているのだろう、ばか、と小さく叱れどもそんな言葉はどうでもいいと言うように、『蓮も帰ろうよ〜〜……』と弱弱しく誘われてしまった。
「おっまえな……おまえの勝手な行動で、泉さんに怒られるの俺なんだかんな?分かってんの?」
 少しだけ叱咤するような口調で健悟を責めるも、健悟は『わかってるからー』と子供の様に喚いてくるのみ、元々言えばこうなることが分かっていたのに、レクレーションのことをすっかり忘れていた自分のせいでもあると、きっと静かに怒っているだろう泉さんに謝罪しながら額を掌でおさえる。
『泉ももうあがりだし、今日送ってもらうから。蓮いまどこ、新宿?』
「あー、新宿の居酒屋だけど…………おまえぜったい来んなよ、来るくらいなら、俺が行くから」
 店に来ることはまずないにしろ、近辺に現れるだけでも目聡く耳に入ってきそうな存在、だからこそ蓮は警戒して妥協案を提出した。
 けれどもそれは一般的には相当な過保護に聞こえたらしい、目の前に居る恭祐はからかう様に両手を合わせて、ハートマークを形どって蓮に押し付けてくる。
 そのマークの根源といえば先程この携帯電話に表示されていたからとしか言いようがなく、明らかなる冷やかしには初対面と言うことすら忘れて躊躇いなく蹴り付けてやった。
 健悟と会話している傍らであがる高らかな笑い声、分かりやすくからかってくるそれを交わしながら健悟と会話をしていると、突然、恭祐は両手の親指と人差し指を合わせて長方形を模り始めた。
 それの意味するところと言えばまるでカメラのようで、通話している裏側で今もなおデータが残っている先程の写真を思い出して、ひやり、時期はずれな冷や汗が背を伝った。



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