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 ダラダラと大学の周りを案内してもらう途中、大学の傍に漫画喫茶を発見したり劇場を発見したり、カフェの多い界隈では授業の空き時間も容易に潰せそうだと予想する。
 大きめの劇場を横目に考えるのはさっき連絡をとった張本人のことだけで、震えない携帯電話を消し去るように恭祐に話し掛ける。
 飲み会の会場は新宿駅から近い場所、そんなところをなぜ新歓の多いこの時期に予約できたのかと問えば、ふっと薄い笑みの後に、コネがあってね〜、とおどけられてしまった。
 適当にファーストフードの店で時間を潰してから会場の前に行くと、昼間見た顔がちらほらと待っているようで、恭祐はそれを見た途端に躊躇いなく近付いては、中に入ってと勝手知った様子で案内していく。
 案内された部屋は予想外に広い個室で、おそらく店で一番大きいだろう大部屋に蓮が片眉をあげると、恭祐は蓮の二の腕を軽く引いて、座席の奥、端の端に座り込んだ自分の横にさらりと座らせた。
 既にあるお通しさえ美味しそうなそれに蓮が容易く腹を鳴らせば、ぽちぽちと携帯を弄りながら「もうちょっと待ってネー」と軽くあしらわれる。そう言われたのち、再び震えた携帯電話をみればまたもや恭祐からメールが入っていて、全体への一斉送信なのだろう、もう店の中にいるから勝手に入って来てネと、「陣内」って言えば案内してくれるヨと、律儀にも未だ来ていないだろうメンバーに告げる周知だった。
「………………」
 チャラそうな絵文字と顔文字に溢れた文面は見た目通りだというのに、中身は相反して丁寧というか気を遣えるというか、こんなふうに率先して予約をしたり人を集めたり、恭祐が仕切ると事実がとても意外に思えてしまう。見た目通りに行けばダルイの一言で全てを投げそうなのに、そうこっそり思ったことを口にはしなかったけれど、そんな訝しさを隠さず思わず見つめてしまったら、なーにー?と同居人に負けじとも劣らぬ軽い笑みを浮かべられてしまった。
 時間が経つに連れて段々と増えるクラスメイトは口々に恭祐にお疲れ様と有り難うを言っていて、たかが一日目だというのに、一気にこの人数を味方につけたように見える。
 全員が揃ったことを確認すると当然のように乾杯の音頭をとる恭祐、外見も相俟ってか飲み会の開始と共に皆が群がりつつあったけれども、恭祐は蓮の隣を指定してはポジションを同じくしてずっと飲み続けていた。
 大学生らしく騒々しいコールには、てっきり誰よりも自然に溶け込み参加しそうだと思っていたのに、実際その場に陥っても恭祐は酒を片手に微笑みながら、ただ遠くからその様子を見ていただけだった。
 恭祐が一々目を細めて笑っていたのは、オーダーをとる機械なんて初めて触る蓮が酷く驚きながら画面をスライドしていく様子だったり、そしてそこに載っている酒の種類の多さに一々目を開き驚く蓮、普段は見ない光景だからこそ、それがかえって新鮮に映っていたのかもしれない。
 これどんな酒??と画面を指差しながら蓮が聞けば、そのどれもに恭祐は答えて、他の人に聞こえぬようにこっそりと教えてくれる。それはきっと先程の電話で酷く恥ずかしがっている蓮を知っていたからであり、面子を守ろうとしてくれているのだろうと伝わってしまったからこそ、よく観察しているなとピンと来た。
 こいつすげぇなぁ、と感心しながら蓮が目の前にある軟骨の唐揚げに手を伸ばすと、―――その瞬間、突然、後ろからドンとぶつかられた感触があった。
「、うわっ」
 明らかに抱き着かれている感覚に蓮が驚いて後ろを振り向くと、蓮の首に腕を回しながらビールを掲げて来る女の子がひとり。
「飲ぉーんでるーーー??」
 明らかに酔っ払っている様子は異常としか言いようがないものの、周囲がちらほらとこちらの様子を窺っているということはもう絡まれた後の冷やかしの視線か、何か絡みたい用があったのかの好奇心を孕んだどちらかだろう。
 蓮が静かに愛想笑いを返すと、反対に、ぐびっと男らしくビールを口に含んだ彼女はガンッと机にそれを置いて、蓮の背中から恭祐へと視線を投げた。
「ね〜〜。あのぉ。ずっと気になってたんですけどぉ、陣内クンって……どこに住んでる陣内クンですかぁあ―!??」
 後半にかけて語尾を強める彼女はやけに強気で、明らかに酔っているという事実だけが伝わり蓮は苦笑する。
「えー、麻布の奥の方だよ、田舎田舎」
「あざぶー!」
 鸚鵡返しに地名を繰り返す彼女に蓮は首を傾げたけれど、その地名を発した途端、蓮の肩に更なる力が加わったのだから彼女にとってはその解答が正解だったのだろう、嬉々として次に繋がる言葉を紡いでいく。
「やっぱりっ!あれ、あれだよねっ、あそこにある陣内邸だよねっ???」
「えー?」
 確認するように問う彼女に恭祐が首を傾げるも、にこやかに微笑むそれは心当たりがあるように思えると同時に、聞かれ慣れた質問なのだろうかと思った。
「…………(陣内邸……?) 」
 聴き慣れぬ表現になんのことだろうと蓮が首を傾げれば、その様子に対して降って来たのは後ろからの大きな声で、知らない蓮に対して信じられないと興奮する様に声を荒げ始めた。
「すっごいんだよっ、こぉーんなおっきぃおうちで、左ハンドルしかないんだよっ、あの家っ!お手伝いのメイドさんたちだっていっぱいでねっ、お庭もこーーんな広くて―――」
「えー、噂でしょ、うわさぁ」
 両手一杯に広げてもまだ足りないという様子で恭祐の家を思い出している彼女に対して、恭祐は途中で遮るように煙草の煙を吐き出した。
 漂うそれは健悟とはまた違う匂いがして、今迄身近で吸っていた人が居ないもの、初めてのにおいに蓮がクンと鼻を鳴らすと、恭祐は目聡く煙草を灰皿の上に翳して気遣いを見せてくる。
「あ、ごめん、ダメな人ー?」
「や。余裕。」
 香水にまじる煙草のかおりは飲み会の席でも薄れない、健悟のそれならば何度でも嗅いだことはあったけれど、煙草が違うだけでこうも違うのか、そんな何でもないことに感心していただけなんて言えるはずもなく、蓮は軽く右手を挙げて許容した。
 その間も蓮の後ろで未だ騒ぐ彼女は恭祐の家柄が凄いと自慢しては周囲にまで聞こえるような声で話すものだから、ここだけの会話ではない、少し離れた場所に居る女子からも恭祐が色欲に含んだ視線を配られていることは容易に想像がついた。
 日本酒を片手に聞き流す恭祐はその反応に慣れているのか、まぁ飲んで飲んで〜と相手を潰すかの如く女の子相手に日本酒を掲げていく。
 蓮が呆れたのはその行為に対してであり、周りが終始聞き耳を立てているような恭祐の話に特に興味があるわけではない、たぶんそれ以上に、馬鹿みたいな規模で稼いでいる男を知っているからだ。それこそ親のお金ではなく、自分の力をもってして。
 今この場にアイツが居たらしぬほどモテてんだろうなぁ、と頭を抱えたと同時、後ろのポケットに入れていた携帯電話がぶるぶると震えたことでメールが届いたことを知る。すっかり慣れた手つきで受信フォルダに辿り着けば宛先人は相変わらずのハートマークであり、分かる人には分かる宛先人に思わず口元を緩めてしまうと、恭祐はその顔を不思議そうに見た後に、無言のまま何かを思案しているようだった。



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