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 ―――そして、話を巻き戻すはエビフライを取られた翌日の朝、辺りをきょろきょろと警戒しながら朝食を食べる蓮はあからさまに昨日の少年を根に持っているようで、ぐずって寝てしまった昨晩を思い出しながら利佳は呆れたように微笑んだ。


 心配が杞憂に終わり何の弊害もなく食事を終えた蓮だったけれども、朝風呂に行く家族と別れ、利佳と蓮で散歩に行こうと玄関先で靴を履いていたとき、その事件は起こってしまった。
「―――……」
「、」
 きっちりとひとりで靴を履いた蓮がブーツを履いている利佳の腕を引っ張り、はやくはやくと急かしていた早朝、いきいきと目を輝かせていた蓮は、瞬間、利佳の後ろに目をやってはびくりと肩を跳ねさせた。
「、―――……」
「?」
 一気に唇を尖らせ、未だブーツを履いている利佳の腕の中にぎゅうと抱きついてくる弟。その様子に利佳が訝しみながら背中を振り向くと、そこには昨日の夜と同じくして、無意識に眉間に皺を寄せている子どもが立っていた。
「おはよう」
「…………」
 利佳が何の気なしにあいさつしてもそこから返事はかえってこない、利佳の腕の中にいる蓮に視線を落としては子供らしくない表情で睨みつけてくるのみだった。
 利佳にぎゅうっと抱き着く真っ黒い頭を押さえて目を見ると、珍しくも寝ただけでは昨日の出来事を忘れられていないのか、随分と拗ねきっているらしい弟が居る。
「蓮。挨拶くらいしな」
「……やだっ」
 そう言い放っては、ばふん、利佳の腕の中へと逆戻りする蓮はその行為自体が子供の苛々を煽っていることに気がついてはいなかった。
 やだやだと口先から零す蓮を叱る利佳、反抗する蓮の口数が増える度に訛りも混じり、無意識のそれに対して口元を歪めた子供が苦言する。
「…………だっせー」
 ぽとり、忌ま忌ましそうに落とされたその言葉に利佳と蓮は喋ることをやめて子供に目を向けるけれども、子供の言葉はそれだけでは終わらなかった。
 生意気な子供から降り懸かる攻撃的な言葉の標的は言葉の訛りが中心だったけれども、時間が経つにつれてそれだけではない、真っ黒な髪の毛やら服やら、果ては家族のことにまで口を出して来るものだから、蓮が唇をぎゅっと噛み締めたことと利佳の肩をぎゅっと掴んだことはほぼ同時のことだった。
 蓮が利佳の胸元から降りて子供のもとへと勇み、言葉もなくぽかんと頭を叩けば、それが予想外だったのか子供はわなわなと唇を戦慄かせて仕返しと言わんばかりに蓮の頬を叩いてきた。
 真っ正面からの痛みに頭に血が上った蓮がまた叩き返して、それにまたその子供も―――……。
 揉みくちゃにたたき合う子供の様子は利佳にとっては微笑ましい限りでしかなかったけれど、本人たちは至って真剣なのだろう、目に涙を浮かべながら反抗する姿は子供ながらに本気で闘っているらしかった。
「ああもう……―――いい加減に、しろっ」
 だから、―――ガツンッ!
 喧嘩両成敗という言葉に従った利佳の鉄拳が二人の頭に落ちてきてきたことでぐわんぐわんと目を回したのか、二人からは一気に口数が消え去った。
 そして殴られた二人にじわじわと涙が浮かんだのち、痛みが身体中に広がったためにわんわんと声を上げて泣き始める。
「男がこれしきで泣くな」
 男女差別甚だしい文句で利佳が拳を振り上げたのは、これ以上泣けばもう一発殴る、という無言の暴力に他ならない。
 その本気の表情とじんじん痛む頭のてっぺんに恐ろしさが滲んで来たのか、賢い子供は唇を噛み締めながらもぴたりと泣き止んで、ふるふると首を横に振った。
 けれども普段から鉄拳に慣れているのか蓮は涙目ながらもむすっと唇を尖らすのみ、むしろ子供の言動が余計に気に障ったのか、利佳よりも軽い軽い拳を振り上げて、ぺしん、再び平手を子供の頬へと打ち込んだ。
 そしてそのまま利佳の後ろへと隠れて、あっかんべー、まるで昨日の子供のように真っ赤な小さい舌を出して子供を挑発しては、負けを認めないというように利佳の後ろへと消えていく。
 その横暴な態度に今度は子供のほうが顔を真っ赤にして眉をしかめて来るものだから、小さな抗争は終わらない、今度は子供が素早く利佳の後ろにまわっては真っ黒い髪の毛をぎゅううっと引っ張ることで甲高い蓮の悲鳴が玄関に響き始めた。
 子どもの手を振り払うべく蓮が蹴り付けると、相手はなおのことその手の強さを強める。子ども同士の争うだからこそ手加減が分かるはずもなく、全力で殴ったり引っ張ったりひっかいたり、容赦無い攻撃はある意味利佳以上のものがあって、流石の利佳も間に手を入れて止めようとしていた。
 けれどもそれよりも早く動いたのは蓮の右手、子供特有の柔らかな髪の毛と頭皮を引っ張ってくる子供の手を振り払うべく、蓮も負けじと相手の頬っぺたを抓って、髪の毛を全力で握って……それでも一向に退かない子供に苛立ったのだろう、加減も知らずに子供の耳を引っ張ると、その手がずるりと滑って子供の付けているピアスに行き着いた、そしてその蓮の手の勢いはおさまることなく、そのまま―――――……。





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