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「だって俺ら一緒に家探してたもん。な?」
「……まぁどっかの誰かが裏切った所為でシェアできなくなったけどね。家狭くなるしぃ金高くなるしぃー」
「だっからわりーって!怨むんならかーちゃん怨め、利佳怨めっ」
「…………」
 幼なじみとの変わらぬやり取りに武人は軽口を返したけれど、聞き流す健悟の手がギリリとハンドルを握ったことにはすぐに気が付いてしまった。
 久しぶりの再会が嬉しいのかはしゃぐ蓮は終始後ろを振り向いていて、前を見ろと幾度も告げる武人の忠告をただ“危ないから”と受け止めていたらしい、運転席からの負のオーラに慣れているのか耐性もつきすっかり身体を擦り抜けているようだった。
 おいおい勘弁しろよ……と武人が溜息と共に窓の外を見る度、分かりやすくも嬉しそうに話し掛けてくるものだから、あとで大変なのはおまえだと、馬鹿正直な幼馴染を不憫に思った。
 そしてそのまま高々五分程度、短い距離を車で移動した先に建っていたのは今日から武人が住むアパートだった。
 わくわくと目を輝かせているのは武人よりも此処に案内してきた張本人で、慣れない土地に知り合いが越して来たことに安心しているのだろうと思う。
「けんご、ここってウチからどんくれぇ? チャリで」
 蓮の発した、うち、と響きに少しの喜びを実感しながら健悟が車を止めて、言葉とは裏腹に悩ましげな瞳で腕時計を眺める。
「自転車で……十分十五分くらいじゃない? 来たことないからわかんないけど」
「おー、ちけぇ」
「……ちけーってアンタね、アンタが決めたんでしょーが」
 まるでいま知ったかのような反応を見せる蓮に、武人はチッと舌打ちをして助手席を睨んだ。
「ウチの近くにしろって散々うるさく言ってさぁー……ここらへん家賃高いし手頃なトコ見つけんのマジ大変だったんだかんね」
「あー、はいはい、聞き飽きたそれ」
「てめェ」
 ブッ殺す、と冗談混じりに言いながら武人が車のドアを開けた―――……瞬間。

「―――ちょっと君、ソレ持って先に行っててもらえる?」
「、え?」

 健悟は助手席の扉に手を掛ける蓮の袖を掴み、外に出られぬようぐいと引っ張った。
 その取り繕うような笑顔を見た武人はほら見ろと言わんばかりに一瞬動きを止めてから、同情を込めつつ同じようにぎこちない笑みを返す。
「あー……ハイ。部屋、301なんで」
「了解」
 武人の目も見ずに返事をした健悟は蓮を握る指先にぎゅうと力を込めるものだから、蓮はその不穏な気配に冷や汗を流しながら苦笑することしかできなかった。
「―――……なに、どうかした?」
 重い荷物を担ぐ武人の背中を見送ってから、蓮が何事かと溜息を吐くと、予想外に哀しそうな瞳とかち合ってしまった。
「………………蓮さぁ、俺の家に住むのヤだった?」
「……は?」
 潤った唇から零れるは哀しそうな渇いた言葉、縋るような瞳を送られている自覚は充分にあったからこそ、蓮は苦笑とともに首を傾げる。
「まこっちゃんと利佳が居なかったらアイツと住んでたんでしょ?」
 眼を細めて眉を顰めて、唇を尖らせながら思う存分拗ねているらしい健悟の姿に心当たりを探すと、つい先程、武人とシェアリングするという話が出ていたことを思い出した。
「なっ……あァ?さっきの話?」
「―――……」
 問いに対する車内の無言は肯定を意味していて、健悟はその通りだとでもいうような不安気な瞳を蓮に送る。そして、結局はその視線に弱いと自覚している蓮がそれに負けて、気まずそうに視線を逸らしてはがりがりと髪の毛を掻いていた。
「……そ、れは……おまえが仕事忙しいと思ったし、」
「忙しいよ。忙しいから、なに?」
「、忙しい……から、俺が転がり込んだら迷惑じゃねぇかなって思ったんだって! ……まぁ実際もう住んでっけど……」
 今度一歩引くのは蓮の方、まるで悪いことをしたのは自分だとでもいうように蓮のトーンが段々と下がっていき、終いには尻窄みにぶつぶつと呟いていた。
「………………はぁ、」
「、」
 けれどもそれに対しての健悟の返答といえば溜息ひとつのみで、蓮は何を言われるのかと肩を強張らせながら健悟を見つめる。
「……あのねぇ。……俺どんなに仕事忙しくても最終的に優先するの蓮のことだよ、って何回いったら分かるのかなこの子は……」
「…………」
 呆れたように独り言を吐き出す健悟に蓮は恐る恐る視線を上にあげていて、相変わらず自分には甘いらしい柔らかな空気が漂う気配にほっとしてしまった。
「―――いい?」
 蓮の耳たぶを持った健悟は優しくそれを自分のもとへと引き寄せて、こつんと額と額をあてながら言い聞かせるように呟く。
「あのさぁ。蓮に関することで迷惑なんてこと、1個だってないんだかんね、俺にとって」
「、……おまえはまた……」
「良いよ、バカだって何だって言われても、これがマジな話だから。いままで蓮に関して迷惑なんて思ったことないし、多分これからだって何されたって思えないから。」
 これはゼッタイ、と付け加えながら言い切られて、信じてとでもいうように至近距離で真っ直ぐすぎる視線が届く。
「俺はレンがどんだけワガママ言っても、むしろもっと甘えてほしいって思っちゃうんじゃないのかなぁ……」
 馬鹿みたいに甘やかす言葉は頷きと共に繰り出されて、改めて蕩けるような瞳で微笑まれたと思った瞬間、他の誰にも見せることはないだろう優しい表情が降って来る。その視線の強さに蓮が少しだけ視線を逸らすと、視界の端で健悟が目を閉じた気配がした。まるでいま言ったことを言い聞かせるように、確認するように唇に湿った感触が落ちてきた後、ちゅ、ちゅ、と小さく上唇を啄まれる。
「……だから今回も、俺が来てほしかったの。俺があの家に居ないことだっていっぱいあるかもしんないけど、それでも蓮に居て欲しかったんだよ。……この意味分かるよね?」
 小さく首を傾げられながら同意を得る健悟はすっかり甘やかすような顔をしていて、愛でるように蓮の額にぐりぐりと自分のそれを合わせてきた。
 健悟の言う意味とは、昨日も言っていたこと、もうバイバイなんてしたくはない。する必要はない。いってらっしゃいという甘美な響きを毎日毎日積み重ねて行って、それすら自然となるような関係に、家族に近づいていければいいと、そういう意味だろうか。
「…………おう」
「……ほんとに分かってんのかなぁあもぅーー」
 そんなにも深く自分を想ってくれている人が居る、ということが照れ臭かったのか蓮が目を逸らしながらも小さく頷くと、健悟は、はぁっぁぁああ、と蓮の眼の前で大きく深い溜息を吐いた。
 その何か考えるような手が、ぎゅうう、と抓ってくるのは蓮の頬っぺたであり、可愛さ余って憎さ百倍、本当にどうしてくれようと思いながらぎゅうぎゅうと抓っているようだった。
「ってててて! ちょ、わぁってるっつの! わぁった! いってぇから離せバカ!!」
健悟に抓られた部分が余程痛いのか顔を上にあげて痛みを逃れようとしている蓮は涙目で、健悟はその縋る様な姿にきゅんと心臓を鳴らしながらゆっくりとその両手を離す。
「、おれは、めっちゃ嬉しかったんだけどなぁ……蓮が来てくれて」
 そして、蓮に届くかも怪しいような小さな声でぽそりと呟いたあとは、離した両手を蓮の腰へと運んで、自分により近づけるように抱きしめた。
「、」
「……あのさぁ、蓮が思ってるよりだめだめだよ、俺。大抵のコトは自信あるけどさ、やっぱ蓮のことだけは弱いんだよね」
「……いやみなやつー」
「そうじゃないでしょうが」
「…………」
 健悟は顎を蓮の肩へと乗せて、運転席からは座り辛そうに身体を捩りながら蓮をぎゅうと近付ける。
「……顔赤いよ」
「…………」
 健悟の目の前にあるのは蓮の真っ赤に染まった左耳、健悟の本心を知ったそれが真っ赤になっていることに気付いた健悟がへリックス部分をぺろりと舐めながらぽつりと呟くと、蓮は右掌で健悟の囁いた場所をごしごしと擦っているようだった。
 揶揄るような健悟の瞳には悪趣味だと訝しむ視線をたっぷり送りながらも、先程の自分の会話に宜しくない部分があったことは確かだと、今度は蓮が健悟に向けて大きな溜息を返す番だった。
「……おっまえな……だいたい、ホントにヤだったら来ねぇだろ……」
 何言ってんだよ、と自分の髪の毛をがしがしと掻いた蓮は、その手をそのまま前に突き出したかと思うと、自分の肩元にある健悟の頭をより深く自分のもとへと引き寄せるべく、ぐしゃりっと健悟の髪の毛を掴んで自分の肩へと押し付けた。
「―――俺が決めたんだよ、おめぇんトコ行くって」
 所詮は照れ隠しに利佳と睦を利用しただけ。赤い顔を見られたくなくて言い放った言葉だというのに、もぞもぞと動く健悟からはその真っ赤な耳も頬も丸見えで、その言葉を発した数秒後にはにんまりと満足そうに微笑む健悟だけが存在していた。
「…………ふーーーん!」
「……あぁ? んだその顔」
「べっつにー、やっぱ愛されてんなぁと思っただけぇ〜」
「……あー? ……っべぇ、うぜぇっ……」
「え〜?」
 にやにやと締まりのない笑顔は昨日の被写体からは先ず考えられないもの、感情を億尾も隠さない健悟に怒り混じりにチッと舌打ちを繰り出す蓮だったが、うぜぇうぜぇと繰り返す蓮のその口元を塞ぐように何度もキスをしてくるものだから、回数を募らせるうちに流されては健悟が喜ぶのならば何でも良いと怠惰で緩い感情論に流されてしまいそうだった。
 段々と蓮の目蓋がとろんと溶けて来ていることを確認したからこそ健悟は段々と咥内と弄んできて、くちゅくちゅと甘い音が車内を支配していく。蓮と健悟を繋ぐ糸が蓮の口端から落ちていくことを確認して漸く楽しそうにその唇を蓮から離した健悟の機嫌はすっかりもとに戻っているようだった。
 健悟は真っ赤な舌でぺろりと己の口周りを舐めてから、最後に、と蓮の口周りを汚している自分たちの体液を舐め取ってから、再び武人を手伝う準備を再開させようとしている。
「じゃ、残りの荷物運んであげよっかぁ。……いつコッチ来て良いか分かんないみたいだし?」
「、?」
 にやりと口角を上げた健悟のその意味深な言い方に蓮がばっと視線の先を眺めると、どれだけ待っていたのか怠そうにヤンキー座りをしながら呆れかえっている武人がじっと車を見ては蓮を睨んでいるようだった。
「……、てっ……てっめぇ……!」
 だからこそ、先程までの甘い雰囲気とは一転、蓮が健悟の襟をぐいと掴んで怒気を露わにするも、健悟は目の前にあるぷるぷると怒りで震える唇に自分のそれを、ちゅ、と落としてから、にやりと己の口角をあげている。
「誰も来てないなんて言ってないも〜ん」
「っ……!!」
「はいはい行くよ〜」
 ゆるゆると口元に締まりを無くした健悟は思う存分武人に見せびらかすことができて満足だったのか、ご愁傷様とでも言わんばかりにポンポンと蓮の肩を叩くのみ。
「………………鍵。忘れて戻って来たんだよね」
「………………」
 じとっとした視線を送ってくる武人は最早部屋にも入らず最初から見ていたようで、すっかり呆れ返りながら蓮を見つめているようだった。
 車を降りた後の蓮といえばひたすらに武人からの冷たい視線に晒されながら部屋を眺めてまわったり部屋の片付けを手伝ったり、健悟が蓮にちょっかいを出すことで背中を射抜く呆れたそれが徐々に強くなっていくものだから、変な光景を見せてしまった手前、何も言うこともできずただただ黙っていることしかできなかった。




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