これで見映えは完成だというように健悟の全身をチェックした金本は、健悟を鏡台の前へと移動させ、慣れた手つきで化粧を施していく。
 黒い鬘の前髪部分をかきあげるようにしてピンで固定した金本に蓮はバレないかと少しだけ焦ってしまったけれど、本物そっくりの感触を知っているからこそ、健悟自身想定しているいつもの事態だからこそ、そういうもんなのか、と思う。
 普段から十分すぎるほど綺麗な肌にリキッドのベースファンデーションを施してから、するするとその肌をブラシが滑っていく。瞳を閉じながら眉尻を書いてもらっているけれど、正直書く必要性も見出だせないほどに薄い化粧なものだから、本当に、男前は得だよなぁと惚れ惚れすることしかできなかった。
「蓮もやるー?」
 じっと見ていた蓮に気付いたのか、健悟はにやりと微笑みながら誘いを掛けてきて、まだ化粧途中だというのに見惚れてしまいそうな色気に急いで目を逸らす。
「……やんねぇよバカ」
「えー、これとか着ようよ、絶対似合うってー!」
 目の前にある雑誌の表紙を指差す健悟、その人差し指が伸びる場所には春のフェミニン服と書かれていて、明らかに女性もののそれに蓮はチッと舌打ちしながら健悟の座る椅子を蹴り付ける。
「ふざけんなバカ、女モンだろそれ」
 えー、と唇を尖らせる健悟に俺に失礼だとか思わねぇのかと問えば、だってぜったい可愛いもん、と根拠のない自信と共に言い切られてしまった。
 じっと雑誌を見つめる男前と脳内のギャップが尋常ではない、残念だと思いながらも蓮がその場を見限って離れると、衣装脇の椅子に座ったところで、健悟が鏡越しに音符を飛ばしてきた。
「あ、れん。なんか欲しいのあったら買ってあげるよ、お持ち帰りできるから」
 声を弾ませる健悟はとても楽しそうで、蓮自身を自分好みにカスタマイズすることが大好きだからこそ、若干の希望を持ちながら語りかける。
「……あのなぁ、値段聴いたあとにさっさともらえるわけねぇだろ、アホか」
 しかし蓮から帰って来たのは呆れた溜息のみで、どこかに出掛ける度に同じことを言うので耳蛸もいいところだと一蹴する。絶対似合うのにー、と唇を尖らせる健悟を見ても此処は譲れないだろうと、先程聴いた値段を思い出してしまったからだ。
 そんな二人のやり取りの一部始終を聞いてぱちぱちと瞳を瞬かせているのは、傍で聞いていた金本だった。健悟が一方的に付きまとっては、それを蓮が軽くあしらう、そんな構図が受け入れ難いのだろう、化粧を施す手も止めて口を開きながら蓮を見つめてしまっていた。
「、?」
 その視線だけを受けとった蓮がこてんと首を傾げると、金本はすっかり止まってしまった手を携えながらぽつぽつと言葉を逃がしていく。
「……君、さっきからバカだのアホだの……いや、つか殴っ…………―――スゲ、……初めて見たわ、真嶋にそんなこと言う奴、」
「はぁ? こんなバカ殴っときゃ良いんスよ……」
 意味が分からない、とでも言うように蓮が言うと、健悟はヒドイ―と笑ったけれど、金本だけはまるでこの世のものを見ていないような、信じられぬといった瞳を向けてくるものだから、普段の健悟とは百八十度別人なのだろうということがそれだけで分かってしまった。
「おっまえな……迷惑かけてんじゃねぇぞ、マジで」
「えー、かけてませ〜ん」
 深い溜息を吐いた蓮が悪ぶりもしない健悟を咎めるも、健悟はそんな事実はなかったとでもいうようにさらりと否定しながら己の毛先を弄っていた。
 金本が面白いものを見たとでもいうように笑いを噛み殺しながら健悟の髪の毛をセットしていく様子はとても楽しそうで、優しげな双眸に比例するように段々と健悟に磨きがかかっていく。
 化粧は薄いはずなのにどこかがなにか変わっている様子は否めない、髪のせいだろうか、服のせいだろうか、段々と変身していく様子は見ているだけで楽しく、蓮がじっと後ろから見ていると、むずむずと嬉しそうに頬を緩ませる健悟は嬉しさを隠すことなく蓮へと微笑んだ。
「なぁに、かっこいいー?」
「うん、かっけぇ」
「、!?」
 素直に頷く蓮に健悟が驚くと、蓮は次の瞬間、ぽつりと本音を漏らす。
「金本さんスッゲェ」
「……そっち!?」
 がたっ、と椅子から立ち上がってしまいそうな衝撃を健悟が抑えられたのは動くなと金本に肩を抑えられたせい、ワックスで髪を立てる金本に指示されて大人しく椅子に治まる顔は不満気で、そんなわけねぇだろバカ、という蓮の照れ隠しは心の中にだけ留めておいた。



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