多分俺が歩んでいる道は、太く短い人生ではなく、細く長い人生と称される道だった。
 道が逸れたきっかけなど言うまでもない、一年半前の暑い暑い夏の最中、台風の目とも言えるひとりの男が糞みたいな田舎にやってきたあの日からだ。
 俺が見ていた人生の道筋なんてものは一転、体育館のステージ程度の小さな幅から、健悟が見ている大きな大きなステージくらいには広がったと思いたい。
 そして、此れに対して基準はと問いてくる奴全員に俺の惚気話と改定した自伝を送ってやろう。
 誰かと一緒に居ることは楽なことではない、気遣って、気遣われて、面倒くさいことばかりだと思っていたはずなのに。それでもこの男と一緒だからこそ、太く、そして長く、いつまでも一緒に生きていけたら良いと思ってしまうくらいには、根底から変化させられてしまったような気がする。
 俺の事を思って本気で泣いてくれる人が何人も居てくれることを知った。3日やそこらじゃない、一生忘れないでいてくれるだろう人が居ることも。
 何十億分のイチの心音が無くなるだけだ。俺一人消えたくらいで、誰かの人生まで止まるわけじゃない。
 そう本気で思っていた筈なのに。
……いま、もし彼の心音が止まってしまったら。健悟が死んでしまったらきっと、俺の人生までもが止まると、止めてしまうだろうと本気で思う。

 これといった何の根拠があるわけでもない。
 友達が居て、家族が居て、金に困っているわけでもない。恋人が出来た。ただそれだけだ。只其れだけなのに、得も言われぬ安心感を抱いては、これから先に欲しいものがひとつとて見つからない。
欲しいものなどなにもない、いま、失いたくないものばかりが、自分のすべてだと思えるからだ。
 依存している自覚はある、依存されている自覚も大いにある。
 健悟と出会って近付いて離れてまた近付いて、漸く付き合った末、好きだよ、と言われる度に戸惑うことなく、俺もと小さく言葉を渡すことが出来る。虚しさと共に微笑み、怠惰と諦めに似た笑顔を引き連れていたのは高々二年前の出来事なのに、どうしてこうも変わってしまったのだろう。
感情よりも先に出てしまう言動があることを知った、伝えきれない言葉が身体の中で燻っては涙として頬に道をつくることを知った、誰かが好きで好きで好きで、どこからくるかも知らない感情に振り回されては、世の中には、泣きそうなまでに幸せな出来事があることを知った。

 誰かの笑顔を直視しては可愛いと、格好良いと、ああ、幸せだ、と噛み締めることに慣れたくは無い。一瞬一瞬、一秒一秒違う幸せを手にしたい。
 満面の笑みを貼りつけて生きている今、煩すぎるほどに高鳴る心音に振り回されながらもそれが嬉しいと感じてしまう今、人生で一番楽しいと云われる青春時代。思春期。18歳。



 ―――俺は、幸せ、だ。





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あきゅろす。
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