「……―――ほら」
「?」
蓮のにおいのついたクッションに盛大に鼻を埋めてから数分間、心地良さに身を委ねていると、根源の人物から誘うように声を掛けられて、健悟は漸くゆっくりと顔をクッションから持ち上げた。
「、」
「冷蔵庫で冷やしてたの取って来た」
待たしてわりいな、と平然と付け加えた蓮がその手に持っているのは白くて大きなお皿、赤と黒のコントラストは健悟にとっても酷く覚えのあるもので、反射的に背筋を伸ばしてしまうと、蓮は健悟の前に胡坐を掻いて座りながら、ぽそりと説明を始めていく。
「……あいつらに何歳からあげてたとか全然覚えてねえし、まぁ、こっちは「今までの」俺から、ってことで」
「―――」
照れくさそうな小さな声に合わせるかのように健悟から眼を逸らしながら小さく付け加えられた説明、手作りのチョコレートだけで十分すぎる程にうれしかったのに、まだ何かがあるなんて、思ってすらいなかった。
「……つか、おまえ来るって分かってたから色々考えてみたけど、これくれーしか思い浮かばなかったんだよ」
おまえの好きなモン、と様子を窺うように見られたことは気のせいではない。健悟が喜ばないはずがないのに、どこか不安気な表情をしている蓮が持っているのは、蓮が知っている彼のだいすきな食べ物。
赤くて大きなイチゴにたっぷりとかけられているチョコはまるで今日のために用意したと云わんばかりのもので、親指ほどもありそうな大きなイチゴには驚くことしかできない。じわじわと身体中を這って行く昂揚感に健悟が委ねていると、蓮は突然、白い皿をカツンと爪で叩いた。
「数えろよ」
「え、?」
「数える?なんで?」と聞き返せば「いいから」とだけ言われてしまい、言われるがままに健悟がその赤を数えていく。いち、に、さん、……十を過ぎれば蓮の意味するところが健悟にも伝わり、嬉しさを噛み殺せぬままに上を見上げることしかできなかった。
「……いらねぇの?」
「―――、いるっ!」
ふっと口角をあげた蓮につられるように健悟が出した即答、白い皿に乗っているイチゴの数量は律儀にも十六粒きっかりあって、それが今までの蓮の年齢を表しているのだろうとすぐに予想がついたからだ。
「後で行こうぜ、イチゴ狩り」
くい、と蓮が人差し指でさしたのは忠孝のイチゴハウスがある方向、昨日まで休みなく忠孝の手伝いをしていた代わりに、ハウス内のいちごを好き放題漁って良いという了承を手に入れていた。
「いちご狩り、?」
「そ。苺狩り。おまえ行きたそうにしてたじゃん?」
「―――」
忘れたとは言わせねえぞ、と口角をあげた蓮が思い出すのはずっと前、健悟と出逢ったころのことだった。




『健悟さぁ、来んのもう少し早かったら苺食い放題だったのに』
『マジで!?』
『うち苺の出荷手伝うかわりに食い放題』
『ちょ、すげ、それ苺狩りっつーんじゃねぇの?』
『あ、そう、それ』
『……スッゲェ……!』




健悟がまだまだこの田舎に慣れてすらいなかった半年前、目を丸めて感動を隠さなかった健悟を思い出せばなんだか懐かしくて、蓮は回顧するように小さな笑みを浮かべている。
その優しい顔の意味に辿り着き、当時を思い出した健悟がじわじわと感じたのは、そんな些細な会話を蓮が覚えていたということだ。あの会話を思えていて、本当に実行するために準備までしてくれた。
その事実を受け入れた瞬間に全身にぶわっと走った鳥肌は、嬉しすぎると、蓮が好きすぎると、うまく口に出せない感情が言葉よりも先に行動に表れてしまったせい、どんな言葉を口にするよりも先に、クッションを投げ捨てて、全力で蓮に抱き着くことしかできなかった。
「……………れーーーーんんんーーー!!!」
「ってぇえ!!!」
バスン!と蓮に抱き着いてしまえば当然蓮のバランスも崩れてしまい、一気に赤が零れてしまいそうな白い皿のバランスを慌てて取り戻す。
健悟と付き合い始めたころに散々と繰り返していた「暑い」というセリフではもう撃退できなくなったこの季節、部屋に暖房がついていても猶、ぬくもりは温かさだけでなく安心感までをも届けてくれて、いきなり飛びついて来た健悟を叱りつけながらも、変わらず引っ付いてくる大きな塊にすっかり安心しているのもまた事実だった。
「ったく、あっぶねえだろ、ばか!」
落としたらどうすんだ、とお皿を死守する蓮に怒られながら、健悟はそうなる前にと距離をとり、懲りずにまた、カメラを蓮へと向けたのだった。





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あきゅろす。
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