「ん。」
健悟が東京から車を飛ばして数時間、昂揚感につられて眠気も来ないドライブの後に待ち受けていたのは、可愛い可愛い恋人からの、小さな箱に入ったプレゼントだった。
「………え!?」
蓮が差し出すのは彼に似合わぬピンクの包装紙で、珍しくもハート柄が散りばめられているそれに驚きを隠すことができなかった。
「バレンタインなんだろ、今日」
そして付け加えられたのは開封するまえから中身を表すかのような赤い顔、目を逸らしながら言った蓮の一言は額に入れて大事に大事に飾っておきたいと思うほどに愛らしく、思わずその包装紙に手を伸ばすことも忘れて、ただただ見入ってしまった。
「……いらねぇならいいけど」
「い、いらないはずないでしょぉ!!!」
だからこそ、蓮が自分の手を引いた瞬間、情けなくも全力で手を伸ばしてしまったのは、―――仕方のないことだと思う。
「マジで?ほんとに?俺に?貰っていいの??」
嬉々としたテンションを隠すことなく健悟が問い詰めれば問い詰めるほど、蓮はまるでその行為を後悔するかのように己の額に指先をあてて段々と俯いていく。
「つか、だいたいおまえが先に言ってきたんだろうが……」
はあ、と溜息を吐いた蓮が思い出すのは一週間前に健悟から届いたメール、14日に行くね、チョコあげるからね、と隠す事無く告げられたそれは、偶々帰省していた利佳に、自分も何かした方が良いのかと勢いで相談してしまうほど、予想外なものだった。
利佳に「あたりまえでしょ」と肯定されればそんなもんなのかと驚き、急いでコンビニに買いに行こうとしたところ、「あたしも彼氏にあげるし、一緒つくる?」と言われたことは記憶に新しい。
「……あー、一緒に、っスか……?」
利佳が彼氏に作るものを、まさか自分も彼氏にあげることになるとは、人生なにがあるか分からないと、苦笑の下でそう思ったからだ。



「―――え、ってことは手作り?マジで?」
「マジだっつの」
売ってるモンならもっと綺麗に包装してんだろ、と所詮は不器用な自分を恥じながら蓮が唇を尖らせれば、健悟はぶんぶんと首を振ってから、これがいいの!と迷うことなく言い切った。
「なにおまえ恥ずかしい……」
「どこが?」
はぁ……と蓮が溜息を吐けども健悟から帰ってくるのは嬉々として期待している眼差しのみ、利佳に散々怒られながら作ったからこそ失敗はしていないだろうと思うけれども、所詮は溶かして固めただけだ、そんなに喜ばれることはしていない、と思ってしまう。
「どこが、っつか……期待しすぎだっつの……」
たいしたもんじゃねぇから、と蓮が付け足すと、初めて健悟が馬鹿にしたように、全力で言い切った。
「期待するにきまってんじゃん。中身とかじゃなくて、蓮が俺のこと考えて、時間かけてつくってくれたのが嬉しいの、すっごい嬉しい」
まるで子供のように笑う姿は絶対にメディアでは見せないもので、不意打ちのそれにきゅんとしてしまった自分を叱咤しながら蓮が俯く。俯いた先、赤い耳だけが見える蓮を見れば辛抱たまらず、健悟はそわそわと携帯電話を取りだして、ぱしゃり、蓮の姿を写真に残した。
「!?」
突然のシャッター音にびっくりした蓮が顔をあげるも、健悟は少しも焦ることなくカメラの設定をいじっていて、蓮の次はまっピンクのプレゼント、ズレたピントを合わせるようにゆっくりと、自分の手元にフォーカスをあてている。
「ね、食う前に写メって良い?」
「やめろバカ!」
「えー、止められても写メるけどー」
そして、パシャリ。ピンクの包装と蓮を一緒のフレームの中に入れた健悟は満足そうににやにやと頬を緩めていて、その嬉しさを隠さぬ様子には、蓮はいっそ呆れて溜息を吐くことしかできなかった。
「えー、どうしよ、もったいなくて開けれないんだけど。どうする?どうしたら良い??」
「…………ヒくわー」
色んな角度からピンクを眺めては、その度にきらっきらの笑顔を蓮まで運んでいく。あまりの嬉しそうな様子には当然蓮の方が照れてしまい、口では冷たくあしらうけれど、正直、こんなに喜んでもらえればたくさん時間をかけて造った甲斐があったと、静かに喜んでいる自分が居ることも否めなかった。
だからこそ、わざと話を逸らすかのように頭を掻きながら口を開く。
「……つか、初めてつくったけど、女子ってすげーのな、あんな甘ったりー中でずっと頑張ってくれてたんだなって俺ちょっと感動したわ」
「……ちょっとー。誰のこと思い出してるのー」
「え゛」
けれどもその蓮の台詞は、うりっ、と蓮の鼻を抓んでくる健悟によってあっさり阻まれてしまった。その眉が歪んでいることに気付いたのは、健悟の顔がさっきよりも近付いてきたからだ。
しっかりとピンクを手中に握りながらも、少しの躊躇いを見せた健悟が、真面目な顔をして口を開いていく。
「……ねえ、蓮さ、いつもどれくらい貰ってるの?」
「はあ?おまえよりは貰ってねーよ」
「おれと比較しないでよ」
全国から事務所に送られてくるのは手紙やプレゼントだけではない、非日常でもあるバレンタインとなれば規格外の荷物が事務所の一角を占めることになる。
それだけではなく、現場のスタッフ、仕事を一緒にしている女優、事務所の社員、女性と多く関わる仕事だからこそたった一日といえども貰うチョコの数は膨大な量となるのだ。
そんなアテにならない数と比較なんてしてほしくない、高校と家を行き来しているだけの蓮にとっては、きっと心からの本命チョコも含まれているに違いない、そう思えば好奇心にあっさりと負けてしまい、健悟は辛抱堪らずと云った様子で蓮からの言葉をじっと待ち続けた。
「えー……どれくらいっつか、かーちゃん、ばーちゃん、利佳と、大体クラスの女子と、運が良けりゃ後輩と、あと武人たちと……」
「ちょっとまって」
「ん?」
「なんでそこにあいつらが出てくんの?」
「あいつらって誰?」
「! あの男どもに決まってんでしょ!」
男じゃん、と健悟が口元を引き攣らせて言い切れば、「バレンタインデーのチョコは女子からあげるもの」というそんな事実は忘れ去られていたらしい、きょとんとした顔で首を傾けた蓮は、あっさりと口を開く。
「? だっておれも毎年武人とかにもあげてるし」
「……は?」
「チョコ戦争すんのに、お互い一個でも多い方が良いじゃん、って言われて。昔っから」
「……はぁ?……ずるっ!なんで?ずるくね?ずっる!!」
狡い、と繰り返す健悟が「誰にそんなこと言われたの!」と憤慨して問えば、なかば分かり切っている答えでもあった、案の定利佳の名前が蓮の口から出てくると、健悟はがくりと肩を落として過去に存在した蓮のチョコレートに思いを馳せることしかできなかった。
予想だにしていなかった展開にギリギリと唇を噛み締めれば噛み締めるほど、現在進行形で居間で暢気にテレビを見ている利佳の嬉しそうな顔が頭を通り過ぎていく。
いつから続いているのかも分からない慣習に健悟が顔を歪めるのも、根柢など所詮は、羨ましいと、ただその一つの感情のせいでしかない。
「…………ずっる、えー……ずっるー……おれだって、ずっと蓮から貰いたかったのに」
湿り気のあるその言葉の裏に眠っていたのは蓮と逢えなかった十年間に対する本心だった。
毎年過ぎ行くバレンタインという風習の日にも蓮のことを考えて、誰に貰っているのだろうと、そんなことを寒空の下で想っていたけれど、まさか誰かに渡しているだなんて思ってすらいなかった。
「……れーんー、今年は俺が3つあげるから、あいつらにはあげないでよー」
初めてつくったと言っていた手作りチョコ、それを渡すことを易々と許せるはずもなく、健悟はくい、と蓮の袖を引っ張ってから、懇願するように蓮の瞳を見つめた。
男にプレゼントを渡す行為如きが、女からプレゼントをもらうよりも嫌なのか、嫉妬の対象はそっちなのか、と蓮が気付けばどこか変な感じがして、思わずふき出してしまう。
「ふっ」
「……笑うし」
その鼻で笑ったような蓮の微笑みを見ていじけてしまうのは健悟の方、本心で詰め寄ったことを馬鹿にされた気がして、少しだけ落ち込み気味に蓮を睨んだ。
「だっておれだって欲しかったもん、蓮からのプレゼント―……今迄の分ぜんぶ、すげー欲しい」
あーあ、と健悟が落ち込むのは今までの蓮の人生にまったく介入しきれていない己の力不足を恨んでのこと、ちぇーと唇を付き出せば、その姿を見た蓮はふっと笑って、わしゃわしゃと健悟の髪の毛を掻き混ぜた。
「ちっげえよ。だよなぁ、って思っただけ」
「?」
「おまえならそういうだろうなーって思ってたの」
「、ええ?」
どゆこと、と健悟が聞けども蓮は答えることなく、小さく口角を上げるだけ。
いままでのぶん、だなんてよくよく考えてみればこれ以上ないほどに重い言葉に違いない、知らぬ場所で生きていた数年分すら奪いたいと宣言しているように聞こえるからだ。
けれどもそんな言葉すらあっさり口にしてしまう健悟のことだ、こっそり用意していたアレだって、健悟なら躊躇なく受けとめてくれるんじゃないかなって、そう信じてしまうのも無理はないことだろう。
「そう思っちゃう俺も大概自意識過剰ってこと」
「……れーんー、意味わかんないー」
健悟の不満そうな顔とは正反対、満足げに健悟の髪を撫でた蓮は「ちっと待ってて」とだけ残して階段を下りて行ってしまい、健悟は残された部屋でひとりクッションを抱き締めながら大きな溜息を吐くことしかできなかった。





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