「!!!」
 ガツッ! と音がしそうなほどに後頭部を引き寄せられて、一瞬にして上半身が傾いてしまった。
 勢い任せの行動のせいで一瞬歯が痺れてから、目の前の視界が真っ暗になった。驚きで瞑った瞼のせいで研ぎ澄まされた感覚ではしっかりと鼻横に少し硬い肌の感触を感じていて、まるで押し付けられるように動きが止むことはない。それ以上に荒々しく動く物体によって強張る身体では「ナニ」としか思えず、一向に頭の整理が出来なかった。
 真剣に健悟の話を聴いていたせいで警戒を怠った部位に遠慮なく進入してきた物体はこれでもかと動き回り、信じられないほどにあらゆる箇所を蹂躙されている。乾いた音が段々と濡れてくればより一層ぞくぞくとしたものが腹下から込み上げてきて、うるさいまでの水音が口ではなく脳内でダイレクトに響いている気がした。キスなんてかわいらしい言葉に巡り合うこともなく、一気に深まる健悟の舌を押し出そうともそれすら上手く絡めてくるものだから抵抗が抵抗にもならない。
 後ろに退こうにも、力の込められた掌は頭を潰す気ではないかと思える強さを持っていた。それでも、時折掻き抱くように後頭部を這う掌によって髪の毛はぐちゃぐちゃに違いないし、躊躇いを知らない舌によって濡れた口端に線が伝っていることが分かる。
「……ぅっ、……んんんーっ!」
 声にならない声を喉奥で鳴らすことしか出来ず、唾液を飲み込む余地すら与えない健悟のせいで口の周りがベタベタになっている気がする。一つ一つの歯列を撫でるように尖った舌先がぬるりと奥へと進み、蓮の舌へと強制的に何度も何度もしつこく絡ませてくる。息も絶え絶えな中、時々上顎や頬肉を掠められたときにはこのまま食べられてしまうのではないかと言いようも無い恐怖が背筋を走ってしまったほどだった。
「んぅーっ、……んんー!」
 首を左右に振って空いた手で健悟の背を叩いても、最初は気にすらしてくれなかったけれど、未だ上手くない息継ぎの限界が段々と近付いていることを悟ってか、存分に口内を弄られた後で漸くぬるりとした糸を引きながら陣地から出て行ってくれた。
「……はぁっ、はぁ、……っはぁー……」
 早々と肩で息をする蓮は健悟に悪態を吐く気力すら残っておらず、目の前にある肩にだらんと額を預けて俯いたままである。
 健悟は蓮の背にある窪みを数えるかのように、わざとらしく撫で上げながら、体勢を胡坐へと整えて蓮を己の膝の上へと移動させた。
「あははっ、いやーいいね、必死な蓮ってなにも疑わないから警戒心ゼロだよね」
 所詮はキスだけでぐったりと骨抜きにされる姿は男冥利に尽きるといったもので、健悟はにこにこと笑いながら顔も見えない恋人の背を撫で続ける。
「……はぁっ、……てっ、……てめぇっ!」
 息を吐いて、吸って、漸く呼吸が落ち着いてきたものの赤い顔はそのままに肩から離れるも、腰をぐいっと抱き寄せられて健悟から離れることは出来ない。
 右手は後頭部、左手は腰に廻され、一ミリでさえも離れたくないとでもいうように掻き抱く張本人を睨めども、彼は全く悪びれることはなく、コツンと額と額を合わせてくるのみだった。
「だってさぁ、整形とかしてるわけないでしょー、ばぁか」
「……」
 なに疑ってんの、と紡がれた声の小ささ故に、蓮は湧いていたはずの怒りのゲージをぐぐぐっと下げ始めていた。元から失礼とは承知の行動だったけれども、信頼に繋がる事項だとまでは頭が回らなかったからだ。どんなおまえでもすきだよ、と目の前の男前ならば言いそうな台詞を脳内で却下して、ごめんを込めて自分から口を近付けようかと反省の色を見せた、次の瞬間。
「まぁね、ごめんねー自前で男前でー」
「……」
「え、なに? うらやましい?」
 ふふん、と誇らしげに笑う健悟に消えていた殺意が蘇り、蓮はその広い背をバシバシと衣擦れの強い音が鳴るほどに叩き付けていた。
「いったーいーってばー」
「いてぇえええっ!!」
 しかし、ぎゅうううっと余計に力を込められて抱き締められ、腰付近の骨がばらばらに千切れそうな感覚を知り、蓮は大きな声を健悟の耳元で上げた。
「うるさい。ちゅーして塞ぐよその口。ていうかさ、もお、すぐ暴力に訴えるのやめなよね」
「おめぇだよっ、つーかおめぇだよ! いてぇよ!」
「あー、はいはい、それじゃー蓮ちゃんの好きな顔とアッチ行ってイイコトしよっかー。ねぇー」
「し、ね、ぇっ!!」
「はいはい行くよー」
「行かねぇはなせっ! いーやーだーっ!」
「残念。言われて離すんだったら最初から触んないでーす」
 胡座の上で抱えられた体勢からそのままに、まるで赤ん坊のように抱きながら寝室の扉向けて歩く健悟には、いくら暴れてもハイハイと鼻で笑って流されてしまう。同じ男だというのに軽々と運ばれてたまるかと思ったり、明日は体育があると思ったり、救急箱の絆創膏はこの前使い切ったばかりだと思ったり。
 様々な思惑に駆られて暴れるものの、所詮扉まではあと数歩、無駄な抵抗に変わることは幾度もの経験を持って知っていた。



 たった一瞬触れるだけでも良いと、全財産を献上したくなるような芸術品。
 そんな馬鹿なことがあるはずはない。
 今このとき、たった一瞬離れるだけでも良いと、その為だけに全財産を献上したくなるのだから。




おわり。



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