「元カノじゃないの、普通に」
最近購入したらしいPS3のコントローラーを片手に、武人は何事もないように言い切った。
「……家に入れたことねーっつってたし」
それに返答する蓮も同様にコントローラーをカチャカチャと動かしており、協力プレイを強いられるゲーム内とは正反対に格闘ゲームで滅多打ちにしてやりたい感情がむくむくと膨れ上がってくる。
「嘘吐いてんじゃないの、ご愛敬ご愛敬」
「…………」
ははっと軽く笑った武人には感情のままに持っていたコントローラーを投げつけてしまい、自分でも想定外だった出来事に一番驚いたのは蓮自身だった。
「いったあ!!」
ちょうどワイヤレスコントローラーの持ち手の部分が二の腕にヒットしたらしい武人は自分の持っていたコントローラーをも落とし、画面には瞬時にリタイアの文字が上っては消えていった。
微塵も悪いとは思っていない蓮がリセットボタンを押すと、武人は首をこきこきと鳴らしながら溜息を吐く。
「だから聞けばいーじゃん変わってねーなあんたも」
ばっかじゃないの、と武人が口にするのは何回目かも分からず、蓮が転がり込んできた昨日の夕方、日が明けて本日の正午まで繰り返し口にしている言葉だったからだ。
勝手に悩むだけ悩みうじうじとする彼は高校二年生の初夏までは一切見ることのできなかった姿で、人って変われば変わるもんなんだな、と見当違いなことを思いながら未だ金に包まれた髪の毛を眺めていた。
「だっから!」
「……別れねーって、あれはそう簡単に」
はぁ、と溜息を吐き出しても当の本人だけが不安から抜け出せていない。
目の前に居る彼の相手を思い出せば可愛い女の子ではないことだけが唯一の不安ではあるけれど、もしそうだったとしてもあっさりと奪い取ってしまいそうな人物を思い出し武人は再び溜息を吐く。
蓮には到底言えないけれど、元彼女なんて何十人居たのかの見当も付かない容姿の芸能人は、どう考えてもあちらから離れることはないとおもう。当初は何の冗談かとは思ったけれど、実際逢ってみれば分かる。別れるどころか、むしろ離れたいと口にすれば最後、決してその願望が通ることはなさそうなオーラを思い出して、武人はほんの少しの同情を込めながら蓮を見つめた。
「……おまえは、知らねえから言えんだよ、……あいつが興味なくすのなんか一瞬だし、マジこえーんだかんな」
唇を尖らせながら弱気になる蓮を見て武人は呆れたけれど、その興味が唯一長続きしてんのがあんたなんじゃないの、という言葉は心中だけにとどめておく。
「……まあそういうのは本人同士が一番見えてないもんだし、聞いて来いよ」
「あーーーー……なんなんだろマジで、まだ続いてんのかな、やっぱ」
「俺の話聞いてる?」
「マジなにあいつ、ばっかじゃねーのマジで、」
「バカはてめーだ」
「いぃってぇ!」
此方の話も聞かずに苛々し始めた蓮の膝を蹴れば、突然の攻撃にコントローラーを太腿に落としたらしく先程の武人同様二重の攻撃となって地味に帰ってきている。
「だから本人に聞いて来いっつってんの、ここで何言われても俺分かんねーし見てねーから」
真面目に正論を言えば蓮が明らかに目を細めたけれど、その言葉を一番痛感しているだろう本人は唇を尖らせながら、胡坐を掻いている武人の膝を蹴り付けてきた。
ぼかすかと蹴ってくる両足を掴もうか蹴り返そうか一瞬の迷いが生じたけれど、無視することこそが一番ダメージの大きな選択なのだろうと、そのまま自分のワイヤレスコントローラーを持ち上げゲームの操作をやり直した。
「……もーやだおまえきらい」
「俺は蓮ちゃんだいすきだけどー」
「黙れボケ」
げし、と最後に蹴りを入れても反応しない武人に諦めたらしい蓮は勝手にゲームを格闘ゲームへと変えていて、お互いの鬱憤を晴らすかの如くボタンを連打し続けた。
スタートの文字が見えると同時にお喋りを止める二人、それから数時間に渡り放送禁止用語が並び続けては、ゲーム内だけではなく身体的に痣が増えることも日常の出来事だった。
たかが二人しかいないというのに騒ぎ続けた室内はいつの間にか温度が上昇している気すらして、もう限界、とコントローラーを投げたのはふたりほぼ同時のことだった。
「……メシ食い行く?」
時計を見ればすっかり直線を描いていて、窓から見える外の風景は闇に満ちていた。
欠伸をしながら訊いた武人と行くところといえば近くにあるファミリーレストランと相場が決まっていて、うん、と返事をしようとしたけれど、昨夜からポケットで眠り続ける携帯電話の存在を思い出し、返事をすることが躊躇われてしまった。
携帯電話のスケジュール帳に記載されている健悟の明日の予定はたしか貴重な午前オフだった気がする。家に帰ってきても数時間という過酷な生活をしている彼だからこそ半日休みの貴重さは身に沁みていて、軽い膠着状態だとは自覚しつつもそれ以上に暖色がかった欲求が頭に浮かんでくることは仕方のないことだった。
むしろこのまま帰らなければ、自分が居ないと知った健悟はそのまま何処かに遊びに行くかもしれない。その先がまさかあのケーコのところかもしれないと思う程度には健悟を疑っていて、とられる、という四文字が頭に浮かんだときには、自然と唇が「帰る」と紡いでいた。
「あそ、さよーならー」
あっさりと返事をする武人は今に始まったところではないけれど、もっと此方の身になってくれても良いだろうと思わざるを得ない。けれども目の前の武人の姿は、地元に居たときに彼に恋愛相談をされた自分と酷似していて、さすがに怒るに怒れないこともまた事実だった。
「…………」
「ってぇえ!」
結局は何のアドバイスもくれなかった幼馴染の背中を理不尽に蹴り付ければ、あうやく殴られそうになったけれども狭い部屋を飛び跳ねて回避した。
礼儀には厳しく育てられた自分が、御馳走様も有難うも言わずに顔を歪めながら舌を出し、扉を叩きつけるようにして出る家は、きっとこの家くらいだ。
おまけと言わんばかりに扉を蹴り付ければ中から「こら!」と大きな声が聞こえたけれど、きっと三秒後にはベッドで眠りに就くだろう幼馴染を想像して無視して廊下を歩いていく。


「……別れるわけねーじゃん、おまえらが」
だからこそ、溜息を吐き呆れるように音に乗った武人の声が、蓮に届くことはなかった。





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あきゅろす。
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