「気付いてないだけでさ、俺も恋愛してなんか変わってんのかなー」
「知るかよ……」
 クッションの下でもごもごと、それでも喋り続ける武人に呆れて、蓮は意味がないとばかりにクッションを床に投げた。
 現れた武人の表情はどこか微笑んでいて、まだ言いたいことは終わっていないとばかりに言葉を紡いでいく。
「れーんちゃん」
「、だよ」
「だってさぁ、んなん結局は聞いてみなきゃ分かんないんだって。世の中誤解なんか腐るほどあるよ。行動に裏があるの当たり前じゃん」
「……どういう意味だよ?」
「あー、たとえばさ、俺と利佳が買い物行くとするっしょ。したら蓮ちゃんはどうせただ遊びに行っただけだと思う。そうだよね?」
「? それ以外になんかあんのか?」
 根本から疑ってもいない蓮の様子に、武人は危なっかしいとばかりに苦笑する。
「それは俺と利佳が絶対恋愛しないって分かりきってるからじゃん。まぁ姉弟みたいなもんだから当たり前だけど。でも知らない人から見たら恋人にも見えるだろうし、つか元カノから浮気してんのって言われたことあるしね、実際。ないっつーの」
「…………」
 知らなかったと顔に書いてある蓮に、そうでしょうよと視線だけで返した。
「だからさ、そんな馬鹿みたいな思い込みがいっぱいあんの。恋愛には」
 分かる? と武人が首を傾げれば、この例えは良かったらしくすんなりと頷いてくれたことに安堵する。
「あんたはずっと逃げてたから、知らないだけだよ」
「逃げてた……?」
「そう。逃げてた。面倒臭いから良いやって追っかけることもしねーで、逃げてたの」
 有無を言わせぬ強い口調で武人が言えば、心当たりは確かにあった蓮がぐっと反抗の言葉を呑み込んだ。
「そんなさ、好きで好きでどーしょうもないとか誤解だのなんだの、みんな何かしら経験してる。珍しいことなんかじゃ全然ないって。穢いこともいっぱい思うし、好きなら手に入れたいと思うし、そんなん当たり前じゃん。普通じゃん。悩むことでもなんでもねぇよ。誰でもそうなんの、絶対」
 まるで蓮の抱えている部分を処理していくかのように、言い聞かせながら武人は告げた。
 今になって随分と反省しているらしい蓮の様子には触れることなく、今を肯定してあげる。過去の付き合いに関して思う部分はたくさんあった。優しいから、恋愛がどういうものか分からないから付き合っているだけなのだと知っていた。
 だから渦巻く感情すら存在せず、純粋で綺麗な薄い「好き」で終わっていたのだ、きっと。
 相手が誰であれ今となって深い熱情を孕んだ蓮の様子には好感触しか持てず、うまくいっていないらしい現状すら微笑みがもてる。初恋は実らないとは言うが、所詮そんなものは幻想でしかないと打破してくれる気がするからだ。こんなに素直な情を中てられて、無視できる人が居たら見てみたい。
 武人はそんな胸中を押し出すことなく、未だ何か悩んでいるらしい蓮に向けて言葉を続けていく。
「あ。あとあれ、小学生んときあったじゃん。誰だっけ、吉田? なんか知らないけど、あいつ俺が蓮ちゃんのこと嫌いだとか陰であんたに言っててさ、そんときあんた鼻で笑ってたじゃん。絶対ねぇよって。かっけーって思ったもん、おれ。俺が蓮ちゃん嫌うわけねぇし、信用してもらって嬉しかったし、あんとき。そういうもんでしょ。相手のこと信頼してりゃ一発。あんたが好きになった奴くらい信用してやんなよ」
「信用……」
「そう、信用。信頼すんの、信じんの」
 武人は緩い笑みを浮かべた。しかし次に蓮から返ってきた言葉で、一瞬にしてその笑みが崩れてしまった。
「信じるのって……どうやんだ?」
「……は?」
 呆れたように問い質せば、変な質問をしたと分かっていたらしい、蓮も焦ったように口早に話していく。
「だって分かんねぇんだって、なんか、いっぱい嘘吐かれてる気がして……信じたくても信じらんねぇんだよ、いま」
 俯いて紡がれた言葉に嘘はないようで、ようやく本音が吐露されていることを知る。相手が相手だけに誰にも言うことなく、長いこと悩んでいたのだろう。武人はそう思って労いの言葉すら掛けたくなったが、今甘やかすのは宜しくないと果敢に攻めていく。
「本当だったら信用深める為にさっさと聞いちまえって言いたいところだけど……無理なんしょ? じゃあもう気の持ちようじゃね?」
「は?」
「だって信用すんのに証拠なんかいらないじゃん、明確な方法もないしさ。こいつなら大丈夫って、自分でそう思ったり言い聞かせたりすんのが信用に繋がるもんじゃないの? 無闇に疑うより、全然良いじゃん」
「…………」
「蓮ちゃんは、違うの?」
 健悟と蓮のことではない。武人は自分と蓮を交互に指差して、その意味を考えさせた。
「……ちがく、ない」
「うん」
 返って来る言葉は予想済みで、武人は満足そうに頷いた。小学生の時の話もそう、いくら他人に揺さ振られようともこいつならば大丈夫だと思う確固たる信頼がある。それは目に見えないもので証拠も何もないけれど、思うだけで良い簡単なものだ。
 自分が大切にしていると、相手から大切にされていると、空気で分かる。
 自分が思えば思うだけ、相手からも返ってくる。
 だからきっと、蓮がそう思っている分だけ相手も思っているに違いない、武人はそう言い切ることはしなかったけれど、蓮も悟っていたようで少しだけ晴れた表情になっていた。



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