「ばっかじゃねえの、そんなん蓮ちゃんの決めつけじゃん」
「え、」
「ていうかさぁ、なんっかおかしくない? なーんかずっと引っかかってんだよねー。ナンカが。」
 そして、武人はひとりで腕を組み、うーん、と唸り始めた。今此処に灰皿があれば確実に要求されていただろうが、五十嵐家では台所の換気扇の下に行かなければ灰皿に辿り着けないことは当然周知の事実だった。
 仰向けになったり寝返りを打ったり、忙しなく今の会話を反芻しているらしい武人の様子を蓮はただただ見つめている。何を言われるのかの予想は全く付かず、まるで執行猶予を言い渡される罪人にでもなったような気さえしていた。
「――あ、そうだ」
 言うも否や、武人は勢い良く起き上がる。
 そして、ねぇねぇと呼びつけた相手は当然蓮しか居らず、純粋に疑問を持ったような瞳で言葉をぶつけてきた。
「さっきから聴いてりゃさ、聞いたことばっかじゃね? なんも確かめてねーじゃん」
「え、」
「利佳と付き合ってるとか蓮ちゃんのこと忘れてるとかさー、なんつーの、被害妄想激しいっつーか。アドレスだって送信してから言いなよ。送ってもいないのになに早とちりしてんのおまえ」
「…………、」
「俺、恋愛に関しては本人が言ったこと以外信じないようにしてるからさ、蓮ちゃんの言うことになんの信憑性もないんだよね」
 疑問を纏めることなくぽんぽんとぶつけた武人は、「そうそう信用できないんだ、話が」と付け加えた。蓮の憶測でしかない話に事実が紛れてしまっている気がして、説明だけでは分からない部分が多々あったからだ。
 そしてそんな言葉を言い当てられた張本人は、もう一度、ゆっくりと武人の言葉を反芻している。
「本人が……直接……」
 小さく呟けば、頭の中に浮かんでくるのは健悟が自分で言ってきた台詞たち。キーワードにすれば、可愛い、好き、特別、愛してる。自分だけに向けられた言葉を並べれば己に都合の良い台詞ばかりが出てきて、即座に顔が赤くなってしまった。
「な……なに言われてたのあんた」
 そして冷めた目で見つめる武人の視線で、漸くハッと現実世界に戻る事が出来た。けれども赤い頬は一向に治ることなく、両手で頬を隠せば、明らかにドン引きしたようなトーンで「うわぁ……」と囁かれてしまった。
「これ、は、……違う」
 蓮が鋭い目をつくって睨んだところで最早言い訳にしか聞こえず、聞いてはいないもののその表情からして大層な台詞は言われていたらしいということを武人は悟った。
「……まぁ、ここ住んでたり指輪貰ったりさ、なんとなく予想はしてたけど。……そんなにか。」
 はあ、と溜息を吐いた武人はまるで時期を覚ったように、諦め混じりに次の言葉を紡いでいく。
「……言わなかったけど、蓮ちゃんが撮影来ると絶対喜んで手振って来てたよねあのひと。普段愛想ゼロでこっち見ることもしねーのに。蓮ちゃんも蓮ちゃんで帰るときいっつも体育館チラチラ気にするしさー。あーやだやだ」
「おっまえ……いつから気付いてたんだよ!!」
「えー、結構前から知ってたって。あんたあんまりバレバレだから隠す気ないのかとすら思ったもん」
「んなわけあっか!」
「だってさー、指輪見てはニヤニヤして携帯見てはソワソワしてさー。俺のことも部屋にあげないで周り見ずに一直線だし、正直男女なら付き合ってるどころか同棲してるレベルっしょ? 一発確かめてみりゃあ良いのに」
 あっけらかんと言う武人は冗談を言っているトーンではなく、寧ろズケズケと踏み込んでくることで蓮を追い詰めて実行させようとしている気迫すら感じる。仕舞いには「おら、送信しちゃえよ」と半笑いで携帯を盗まれそうになったので、勝手に弄られては敵わないと、武人とは反対方向に向けて急いで携帯電話を床に滑らせた。
「む、むり!」
「? なんでよ」
 そうして振り返った蓮が拒否の意を示すけれど、相変わらず目の前の顔は何を嫌がることがあるのかと言っており、蓮の踏みとどまっているステップから一気に引き上げようとしているようだった。
 だからこそ蓮は、今抱えている一番の問題を口にする。
「こっ! ……こええ、じゃん……、」
 言ってから情けないとも思ったけれど、これこそが数週間も悩んでいる根底にあるものだった。
 恐い。
 健悟の隣にいるのも、話すのも、嫌われるのも、ぜんぶが恐かった。一番好きな人物だったのに、同様にして一番の恐怖の対称でもあったからだ。
 誰にも言えなかった情けない言葉を口にしてしまい、眉を顰めながら蓮は俯いた。
 しかしそれを見た武人の反応はシビアなもので、口角をヒクヒクと引き攣らせては目の前に居る人物が本当に五十嵐蓮なのかと確かめているようだった。
「……うっわぁー……」
「んなっあからさまに引いてんじゃねーよ……!」
「だって、女子かよっていう」
「男も女も関係ねぇだろこんなん……」
「あは、たしかに相手も男だもんね蓮ちゃんの場合」
「…………」
「冗談じゃん、ごめんってー」
 じとっと睨む蓮を宥めて、武人は再びベッドにうつ伏せになった。組んだ両手の上に顎を乗せて、蓮と会話がしやすいように首を傾げている。
「なんかさぁ……うん、俺らが止めてた部分もあったかもしんないけどさぁ、その経験値の低さはさすがに同情するよね……真嶋健悟に」
「はっ、なんでだよ!」
 武人が溜息を吐けばその意図も知らずに蓮が反抗するものだから、「言葉どおりでしょ」と付け加える。
「あのねぇ、感情の問題じゃねえの。恐くてもなんでも聞いてみなきゃわかんねぇんだもんしょうがないでしょ」
「……や、でも、」
「さっきも言ったじゃん。本人の言ったこと以外信用できないって。九十九パーの確信があったとしても、一パーの可能性で事実じゃないって否定してくれんの待つんだよ。否定しろー否定しろーって超願うわけ。最悪のことなんか考えないの、すっげぇ祈って否定しろって思いながら聞くもんなの。どんだけ他人から聞いても相手を信じてやるもんなの、そこは」
「、」
 武人が諭すように言うけれど、今までの蓮のように話を聞き流すことも揶揄ることもせず、武人が言った言葉を一度呑み込んではまだ納得できないとばかりに不満そうな顔を素直に出した。
「腑に落ちない顔するよねー。そんときゃそんとき。諦めろ」
「…………」
 男なら次いけ次、と武人が言うけれど、その軽い口調に返答は返って来なかった。むしろ蓮の表情は変わらず唇を尖らせたままなものだから、武人は眉を顰めて溜息を吐いた。
「えーマジどしたの、くっそ漢らしい蓮ちゃんどこいっちゃったのよ。こんなに変わるもんなのおまえ?」
「……うるせぇよ」
 武人に詰め寄られても、自分が現在進行形で髄分と女々しくなっている自覚があるだけに何も言い返せない。今まで起きた小さな悩みならば解決策を考えては即行動、ぱっぱと終わらせていただけに、こんなにも同じ場所に踏みとどまる自分が居ることは、自分でも初めての経験だった。



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