「――でもさ、違うっぽいじゃん、今回」
「、」
「あいつらにはまだ言ってないけど、やっぱなんか気付いてるとは思うよ。あんた最近ぼうっとしすぎだし。意外と分かりやすいんだね、嵌まるとそれしか考えられなくなるんだ?」
「…………死にたい」
「生きてー」
 武人が半ば揶揄を込めて発言すれば、安易に羞恥に塗れて死にそうな赤い顔を見せるものだから、そういうところに女が付け込むのだと無知な彼に教えてやりたいくらいだった。
「女、ダメだった?」
 軽い口調を装って武人が言えば、蓮はふるふると首を振る。その方向は、大きく横に向けてのものだった。
「……紺野だって成田だって好きだと思ったから付き合ったし、つか普通にAVでヌいてたし」
「あー、だよね」
 さらっと過去形で流された一言に、じゃあ今は違うんだ、という一言を頭に押し込んで、武人は相槌を打つ。
 ガードが甘いのは恋愛をしてからも変わる事はなく、性格上抜けている部分は一生変わらないのではないかとすら心配してしまう。真嶋健悟との間で交わされた言葉も、二人が並んだ姿も何一つ知ることはないけれど、彼のこういうところに一瞬でも良いから惹かれることはなかったんだろうか。知り合いならば全力でくっつけてやるものの、流石に知らない相手どころか芸能人ともなると、話をすることさえ困難。降参。お手上げ状態だ。
「……つか男だったらっつーわけじゃねえよ、おまえ見てもなんともねぇし。なんか、自分でも、わかんねぇけど……」
 ――健悟じゃなきゃ、ダメらしい。
 そんな恥ずかしい台詞を言葉に乗せることはしなかったけれど、蓮の赤い頬を見れば言いたいことを悟るのは容易だった。もちろん本人は、言ってないから分からないと思っているようだが、もう少し、自分は言いたい事が顔に出るということを自覚させたほうが良いのかもしれない。
「そっか」
 そう言いながら微笑んだつもりだったのに、蓮の表情が曇った事から推測するに、どうやらニヤニヤしてしまっていたらしい。
「バカにしてねぇかおまえ……」
「してないよ、ていうかむしろこんなことでもない限り動かされなかったおまえに驚いてるよ。どんだけ響かねぇんだよ、可哀想に。あ、振られたみんながね」
「ちげえよ、俺が振られたんだよ」
「だっから、その認識から改めろっつってんの。あんたが好きじゃないって思うから、みんな離れてったんでしょうが」
「……傷付くわー」
「事実だわー」
 蓮の口調を真似て武人が笑って答える。すると居た堪れなさに項を拭った蓮は、立てた右膝に肘を置きながら、大きく溜息を吐き出した。
「おまえどんだけ俺のこと分かってんのよ……」
「こういうことに関してはあんたよか分かってるんじゃない、あいつらもね」
 口角を上げて武人が答えれば、蓮は先ほどのように肘に額を乗せるだけでは済ませず、ぎゅうっと自身の膝を抱えて蹲ってしまった。
「…………消えてぇー」
「むっりー」
 語尾に星でも飛んでいそうなテンションのまま武人が返答する。けれども返って来るものは同等とは限らず、じっとりと怪訝そうな表情を向ける蓮の顔だった。
「……おまえはもうそうやって鬼の首でも取ったかのようによぉ……」
「だって面白ぇじゃん、蓮ちゃんがゲームと勉強以外で悩んでんの初めて見るし」
「面白がってんじゃねーよ、んな場合じゃねーんだっつーのこっちは……」
 ちくしょう、と呟かれたのは紛れもない蓮の本心であり、健悟が出て行ってからずっと心の中で飼っていた靄の一部分だった。
「あ、そっか。東京帰っちゃったもんね、真嶋健悟。まーその様子じゃ上手くいってるって思うほうがおかしいわな」
「…………おまえもっと言葉選べ」
「すんませーん」
 武人が彼女と別れそうになっていた時には形勢逆転とはこれまさに、言葉を選ばずにずけずけと進入してきていた蓮を思い出しては目の前との差に驚愕してしまう。
 別れろ別れろ別れちまえと、コントローラーを持ちながら適当に言っていたのは、彼の方だったというのに。韻を踏んでいたのは某RPGをプレイしていたからで、赤いオジサンのジャンプのたびに別れろと言うものだから此方の話を聞き流していることは承知の上だった。
 今ならば此方の恋愛相談を持ちかけても真面目に聞いてくれるだろう蓮に、武人はふっと笑みを濃くしながら携帯電話を指差す。
「連絡すればいいのに」
「ダメに決まってんだろ」
 アドバイスのつもりで武人が蓮の携帯を拾うも、取り付く島無く一蹴された。触るなとでも言いたげに武人から取り返した古機種は、着歌だけは未だに最新のものを備えている。
「なんで?」
「なんでって……忙しいかもしんないし、それに、メアドまだ使えっかわかんねぇし…………お、俺のことなんて、もうどうでも良いって思ってるかもしんねぇだろ」
「……うーわめんどくせー」
「はっ?」
 けっ、とでも言いたげに吐き捨てた武人の言葉に、蓮は一瞬にして顔を上げた。
 傷心中の自分に降って来た言葉だとは思えず、耳を疑ったからだ。しかしベッドの上にある顔はくだらないとでも言いたげに此方を見ていて、呆れたように話を続けて行く。



7/60ページ

[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!