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「…………は!? ……ちょっと待て、え、おまえそれがずっと流れんの!? ……全国!?」
「うん。嬉しい?」
 映画の公開は勿論全国、真嶋健悟がこれだけ力を込めた作品は無いとまで謳われているほどだ、映画を見に来る人並みなどしっかりとエンディングのワンシーンも見逃さずに帰っていくことだろう。
 映画の盛り上がりやエンディング、最も重要な場面で流れる愛のうた、重く深い愛を模倣したそれが自分宛だと、自分だけに込められたものだと……―――そう自覚してしまったとき、言葉も出ぬままに、不覚にも―――泣きそうになってしまった。
「……ちょ……、マジ、バッカじゃねぇのマジでっ……!」
「すげぇ本気、つーか大満足」
 狼狽えるように蓮が申し立てる様子とは正反対、漸く言えたとでも言うように健悟はカラッと笑って、今度はそう思いながらちゃんと聞いてネ、と額にキスを落としてくるものだから、信じられないと、まるで全身の力が抜けてしまったかのようにふらふらと背を曲げて俯きこんでしまった。
「…………やべぇ、頭イカれてる……」
 バカじゃねぇの……と涙声で呟けば、何を根拠にか「嬉しいでしょ?」と自信満々に微笑む顔が一面に広がったからこそ、その得意気に上げられた唇に、勢いよく唇を合わせてやった。
「……あは、サービス良いー」
 蓮の唇が当てられた己の唇を撫でながら、たった一瞬触れ合ったそれでも十分満足だとでも言うように健悟はふわりと微笑んで、我慢できないとばかりに真正面から蓮を抱き締める。
「あー、これこれ」
 やっぱこの感じが良いな、と正面から蓮の心臓の上に額を乗せて、健悟は緩く微笑んだ。
 投げ出された携帯電話は話の骨を折って勝手に閉じられた、けれども手中に蓮が居るというそれだけで充足感が溢れていて、「本当は、」と小さく呟きながら健悟は話を進めていく。
「まー、いいんだけどね、焦んなくても」
「、」
 そして、ちゅ、と、いくらしても足りないとでも言うように蓮の頬へとキスを落としてから、正直に心境を告げていく。
「蓮のだいじーなハジメテをこの狭いベッドで終わらそうとは思ってないしね」
「っ、」
 にやりと口角を上げたのは蓮が童貞であり処女だと知っていてのこと、キスの一度であれだけ怒られた一回目を思い出せば、充分進歩している現在が嬉しくて堪らない。

 いつでもできる、いつでも会える、―――これからは。

「それに、……最後じゃないし」
「、」
 健悟の表情が自然と創られていくのは当たり前のこと、嬉しさばかりが面に出ては、勝手に笑顔になっていくからだ。
 最後ではないと、これからも逢えると、関係を築いていくと、そう決めたばかり。
「……ずっと一緒に居れるらしいし。ね?」
「………………おー」
 確認する様に蓮に問えば、小さいながらも頷きが返ってきて、長かった片想いの終着点を知る。
 蓮の後頭部を抱えながら唇を舐めれば、突然の奇行に蓮は健悟の頭を叩いたけれど、健悟はそれさえも楽しそうに躱して蓮の唇の周りをぺろぺろと舐め続けた。
「、……おまえ、しすぎ……」
 放っておけば鼻まで舐められそうな勢いに蓮がいい加減にしろと健悟の髪の毛を引っ張って、そこでようやく健悟は笑いながら蓮から離れて行った。
「えー、良いじゃん、俺起きてる間ずっとしてたいもん」
「…………」
「なんでヒくのー」
 蓮が双眸を細めて呆れるも、それすら懲りずに抱き着いて来ようとする健悟が居るものだから、蓮は「だからっ!」と笑いながらその頬を抓った。
 良いじゃん、と蓮の肩を掴む健悟と、いきなりトばしてんじゃねぇよと呆れる蓮、どちらが勝つのかの終着点も見えぬまま狭いベッドの上で些細な攻防を繰り返すと、笑い合っていた数分後、いつの間にか所定の位置に収まっていることに気が付いた。
 所定の位置、壁際の蓮とその蓮に寄り添うように身体を曲げる健悟、じゃれ合いが過ぎてはいつの間にかベッドに横になっていて、懐かしい視点に両者が「ひさしぶり、」と小さくハニかみながら笑顔を漏らしていた。
「れーん、あとでまこっちゃんたちに言ってこようね、ちゃんと」
 すっかり横になった健悟は蓮の頬を触ると同時に、蓮の眼に入ってしまいそうな金色の前髪を耳に掛けてあげて、ゆっくりと口を開く。
「あー……マジ最悪、それマジねえわ……」
 はぁ、と溜息を吐く蓮もすっかり健悟のなすがまま、髪の毛を耳に掛けられたあとは頬をぶにぶにと触ってくる手があったけれど、気持ち良いと許容すればいつの間にか拒否という選択肢は消えていた。
「やべぇー、かーちゃん赤飯とか炊いてたらどうしよ……しぬぞ俺……」
「あは、ありそー。利佳が言ってね、」
 くすくすと笑う健悟が思い描くは長閑な五十嵐家、大好きな家庭の団欒に今日の夜は自分も入って行けるのだろうと思えば自然を声は弾んでいて、十年越しの報告をやっとできるのだと、そう思うだけで心臓は煩く騒ぎ立てた。
 どこか楽しそうに頬を綻ばせる健悟を目の前に、蓮はじっとその灰色の双眸を見つめ続ける。
「ん? なに?」
「……いや……、」
 そして、ふと思い立ったことがひとつ、自分が知らなかっただけ、きっとただそれだけで、皆にはもう、周知の事実だったんだろう。

「……まぁでも、おれが知らなかっただけで、おまえは十年間ずっと、この家の家族だったんだろうな」
「、」

 そう思ったからこそ素直に健悟に伝えると、健悟は一瞬息を止めたように眼を見開いては、もぞもぞと、蓮の視線から逃れるように俯いた。
「、んだよ」
「……嬉しいだけ―」
 ―――うそ。泣きそうな顔を、見られたくなかっただけ。
「あっ、てめぇだけズリィぞ、顔上げろよ、オラっ」
 タオルケットに顔を埋めてしまいたかったのは先程の自分とて同じこと、相手に言われる言葉ひとつでこんなにも恥ずかしくなって、嬉しくなって、言い表せない感情ばかりが後から後から溢れ行くようだ。
 すっかり下を向いてしまいそうな健悟の髪と頭を引っ張って、仕返しとばかりに蓮が持ち上げると、少しだけ眼元に潤みを帯びている健悟と目があった。
「、」
「……あは、泣きそうー、ダッセェ」
「…………うるさいよ、バカ」
 チッと舌打ちしながら逸らされた瞳、少しだけ素直になって本心を告げればこんなにも喜んでくれる人が居ることが、嬉しい。こいつにかけられた言葉に一喜一憂しながらも、きっと一緒だ、俺が照れることで、こつも喜んでくれているんだろう。……今の、俺みたいに。
「クマひでぇぞ、芸能人」
 にやにやと微笑みながら健悟の頬上を擦ると、余程寝ていなかったのだろう、当たり前でしょ、とでも言うような表情を返されてしまった。
 お互いに今日からはぐっすり眠れるだろうことは分かっている、だからこそ蓮が微笑むと、健悟は不意に蓮の手を掴んで、一本一本の道を辿るように指を絡めてきた。
「……いーもん、抱き枕ある今なら、すっごいいっぱい寝れそうだし」
「……ばぁか」
 抱き枕、と言うと同時に蓮の手をぎゅっと握った健悟は、少しだけ微睡みを含んだ表情を蓮へと向けている。
 それでも、しっかりと。
「れーん、おいで」
「………………」
 蓮までの距離の間にぱたりと自分の腕を放るそれは所詮腕枕というものを示唆していたけれど、それが一番距離を埋める体勢だということはお互いに分かっていた。
 眠いだけ、いまは、眠くて少しだけ、……おかしくなっているだけだ。
 そう思った蓮がもぞもぞと膝を使ってシーツの上を移動していくと、健悟の指先に頭を乗せただけでぐいっと近くに引き寄せられた。
「はい、捕獲―。」
 軽い口調で笑った健悟が「手はここ、脚はこう、」と蓮の身体を好き勝手に移動させていくものだから、夏と云う季節には全くもって相応しくない体勢が狭いベッドの上で出来上がった。
「……あっちーよバカ……」
 先に根を上げたのは蓮の方、けれども健悟の胸と脇腹に絡める両手も、健悟の脚の間に挟む己の右脚も、微塵も動かさないことが、その全てを物語っているようだった。
「満更でもない癖にー」
「……うるせぇよ、寝ろ」
「はーい」
 赤い耳をそのままに健悟の胸元に額を預けた蓮と、その頭を抱き締めながら楽しそうに頬を緩める健悟。




「―――……おやすみ、蓮。」



 
 蓮の耳元で口遊まれる曲は、ゆっくりとしたテンポの子守唄のようにも聞こえた。

 幸せな夢へと誘ってくれそうな曲調、身体の芯まで響くような甘い声で唄われたのは、……耳に馴染んだ愛のうた。



















「眷恋(ケンレン)」

恋い焦がれること。
その人に逢いたくてたまらないこと。




「牽連(ケンレン)」

惹かれつながること。
連なり続くこと。
ある関係で繋がっていること。










恋焦がれ、その気持ちが繋がっている限り、連なり続いて行く。



ただの偶然とはいえ、俺達の名前だからこそ込められた意味に恥ずかしくなった。
誰にも言えない俺らの関係だからこそ、見透かされた気がして嬉しくなった。






ケンレン。

たった四文字のこの響きでさえこんなにも愛しくなるのだから、俺は相当、……重症らしい。
























終わり。











長々とお付き合いくださりありがとうございました。
完結ということで、以下、ちょこちょことリンクをおいていきます。
気が向いた方のみどうぞです。
お疲れ様でした。

あとがき
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