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 検索を待っている間も蓮の後ろ姿がどこかうきうきと浮き足立っているようで、言葉には出ないながらも相変わらず分かりやすい態度だと、はっきりしているそれがあるからこそ安心することができるのだと、健悟は蓮に知られぬところでこっそりと微笑んだ。
「―――あ。あった」
 そして、ぽつり、嬉しそうな声を出しながら両手で携帯を握る蓮を見ては、良かったねぇ、と頭を撫でたくなるような衝動を全力で堪える。
「なんだって?」
「………………」
 健悟が聞けども答えは返らない、それはじっと辞書の検索結果を見ているからであり、後ろにいた健悟からも当然結果は見えていたけれど、まるで見ない振りをするように恍けながら言ってあげた。
 けれども数秒後―――後ろから覗いてでも分かるほどに耳を赤くした蓮が、ぱちりと携帯電話を閉じてしまうものだから、その検索結果は闇の中へと消えてしまったも当然だった。
「―――……いや、間違えた、なかった」
「…………あーっそ?」
 うそつき、とは喉元まで出して飲みこんで、健悟は蓮の顔を覗き込む。
「……って、それにしては顔赤いけど」
「はァ? なんでもねぇよ、」
 チッと舌打ちをしてから携帯電話を床下のクッションへと投げ捨てて、赤い顔を隠すように、健悟が覗き込む位置とは正反対の方向に外方を向ける。
 背中を見ているだけなのに照れていると分かるのは金髪の下、真っ赤な耳が隠れ切れてはいないせい、耳朶にぶら下がる銀のピアスが酷く恰好をつけているように映っては、その懸隔が堪らなく好きだと実感する。
「れーん、」
「あ?」
 優しく呼べども視界に映るは金色の髪の毛一色、だからこそ健悟は真っ赤な耳元へと唇を寄せて行き、不釣り合いなシルバーピアスに息を届けながら言葉を紡ぐ。
「好きだよ、―――……だいすき」
 言葉が溢れそうだと思うときはこういう時か、昔演じた役柄で理解できない感情だと思っていたことは古くの記憶にしっかりと存在していた。けれども今は、いくら好きだと伝えても、全然足りることはないとすら思う。
 いくら好きだと言っても、愛してると紡いでも、全身全霊をかけてこの塊を愛でても、この腹底にある純粋にも似た感情は伝わる日なんて、来ないのではないだろうか。
「……いっちいち言わなくても良いんだよ、バカ」
 けれども今はその声が聴けるだけで、その照れたような頬と瞳を見れるだけで、恥ずかしそうに顔を背けるそれすらも、言葉では聴こえることのない好きだという言葉に変換されて届くのだから。それだけで、今はまだ、充分なんだ。
 そう思った健悟は、ご褒美とでも言うように、徐にポケットから携帯を取りだして、蓮にバレないようにと片手で画面をスライドしていく。
「あーー……でもなんだっけ、さっきの話、マジでなんか聞いたこと……」
 蓮の言葉を耳に入れながら、気を抜けば笑ってしまいそうな頬を隠しながら健悟はスマートフォンの画面をタップし続ける。そして、悶々とし続けている蓮の後ろで、目当てのフォルダ、目当ての項目、―――……目当ての曲、を探し当てては、ポチリと再生のボタンを押した。
「―――!」
 それを蓮の顔の前へと持っていき、狭いベッドの上でわざとらしく曲を奏でさせると、蓮はハッとしたように肩を跳ねさせたのち、がばりと後ろを振り向いて来た。
「あ、そう、これ!!! この曲―――……って、はっ!?」
 けれども蓮の興奮が続いたのはたったの一瞬、嬉々とした表情は瞬間的に崩れた後、さあっと青褪めるように黒い双眸を大きく見開いていく。
「――――」
 おま、と蓮が言っているだろうことが分かるのは唇の形を読み取ったから、ぱくぱくと口を開いては言葉にならないとばかりに期待以上の反応をしてくれるものだから、健悟は堪え切れずブハッと笑ってから、ニヤリと片側の口角を上げてあげた。

「―――蓮さぁ、この曲の意味……今なら分かる?」

 ずっとずっと言いたかった言葉、ずっとずっと言えなかった言葉、余りにも多すぎて収集のつかなくなった感情の羅列を詰め込んだのがこの曲だ。
 初めて書いた曲、蓮に再会する切っ掛けにもなった大事な大事な映画の主題歌、―――たったひとりへと送り続ける感情を込めていると、蓮にはしっかり、伝えたはずだった。
「おまっ、……もしかして、この曲のタイトル、って……!」
 それが伝わっているのかどうなのか、ぱくぱくと唇を開いた蓮が驚きのままに曲の流れる携帯電話を見て、そこにしっかりと書かれている曲名に打ちひしがれているようだった。
 信じられないと、信じたくないと、そう言いたいかのように首を振っては、縋るように健悟を見つめてきた。
 ――――だからこそ。
「ん。おれと、おまえ」
 自分と、蓮。そうきっぱりと言い切った健悟はご丁寧にも人差し指で交互にお互いを指していて、にっこりと付け足されたそれは、所詮は営業スマイルと云うものなのだろう。
「…………くっ、せえぇぇええっ!!!」
「えー、喜ぶところだよ、ここ」
 うわああああとじたばたと叫ぶ蓮に向けて冷静に突っ込むと、蓮は信じられないとばかりに顔全体を抑えて項垂れてしまっていた。




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あきゅろす。
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