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「?? え、何言ってんの? それあれでしょ、だって俺普通に、蓮のことあっちに連れてこうと思ってたし……」
「………………え?」
「えじゃなくて……だから、あんときはまこっちゃんにココに蓮を残してくことに未練あるみたいな言い方されたし、それはなんかちげーなって思って。おれ、遅かれ早かれおまえのこと東京に連れて帰る気満々だったし、って……そういうことじゃなくて?」
「、」
「だから、蓮が漠然と東京に行きたがるんじゃなくて、俺のところに来てくれればいいって思ってたんだよ。ただ、ココが嫌だから出てくるんじゃなくて、ココを好きなまま、何時でも戻りたいって思えるまま、ウチに来て欲しかったの」
 分かる? と覗いて来た健悟はこてんと首を傾げてきて、蓮が状況を飲みこめずに言葉を嚥下していると、はぁ……と重い溜息を吐いていた。
「つか……どこを如何考えたらそんなネガティブになれんの……?」
「てめっ、人のこと言えんのかこのやろう!!!」
 お互い様だろ、と舌打ちして唇を尖らせた蓮に、健悟が少しだけ真面目な表情をする。
「…………その了承を得んのに、俺がどれだけ頑張ったか知らないクセにぃー」
 ぼそりと呟かれた言葉は蓮の知らない背景を差していて、深く突っ込まれたくはないのだろう、健悟は溜息一つでそれを払拭する様に髪の毛を掻いた。
「あー……今日が最後じゃないんなら、さ。なんつーか、もっと話した方が良いよね、俺ら」
 ふう、とわざとらしく溜息を吐きながら健悟が言えば、それは全く同じことを思っていたと、蓮も浅く頷く。
「……最後にとか、するわけねえじゃん」
 唇を尖らせながら、ふざけるなとでも言うように蓮が言うものだから、健悟はその赤い頬にあっさり敗北の旗を掲げては、先程蓮に振り解かれた手をめげることなく再び蓮の背へと伸ばした。
「もうやだー……、すき、ほんとすき、だいすき」
「……しつこい」
 あーもう、と少しだけ自棄混じりに放たれた健悟の言葉は焦燥に駆られているようで、妙な信憑性があった。
「蓮が言い返さないからじゃんー」
「スキデスダイスキデス」
「……あはっ」
 たかが棒読み、片言のように揶揄りながら蓮が言えば、それでも健悟は口元を緩めて喜んだ。
 ふっと笑ったような吐息が蓮の耳元で聞こえてからは、離すまいとでも言うように背骨がしなる。
「……安いヤツ」
「良いんですー」
 語尾に音符でも付いてそうなテンションで言い切るものだから、赤い顔を隠すように健悟の肩に埋めた蓮は衝動のままに銀の髪に手を伸ばし、ゆっくりと梳いた。もしかしなくても、この瞬間、この髪の毛の一本までが自分のものになるのかもしれないと、そんな淡い期待を胸に抱きながら。
 少しの間蓮が無言で触り心地の良い銀のそれを堪能していると、より一層深く抱きしめて手中へと蓮を埋めた健悟は、うずうずと身体を揺らしながら本音を届けた。
「あーーー……戻りたくない東京、マジでヤダ、あああああーー」
 じたばたと蓮の肩に額を埋めながら言うものだから、表情は見えないながらも本当に後悔しているのだろう声音を聴いては此方まで恥ずかしくなってくる。
「……もう良いから戻れよ」
 真っ赤な蓮の顔は自分のキャパ越えを示していて、正直これからずっと一緒に居られては身が持たないと言いたげに告げた。
 けれども健悟はそれすらいやいやと首を振って、蓮の耳元で心配そうに溜息を吐く。
「ああもうすっげぇやだ、だってぜってぇおまえ浮気する!」
「……、う、うわっ……!?」
 まさかの単語に蓮がぶはっと吹き出せば、健悟はばっと蓮の身体を離して心配そうな双眸で蓮を覗き込んできた。
 芸能人のおずおずとした困惑顔は滅多に見れるものではなく、蓮は今入ってきた単語を必死で頭の中で展開してから、だって、と続きを告げていく。
「え、こ、これ、……俺等付き合ってんの?」
 ひく、と口角を引き攣らせながら蓮が言えば、その瞬間健悟の双眸が大きく見開かれてはすっと大きく息を吸っていた。
「!? ちがうのっ!?」
「、」
 えっ! と大きな声で焦った健悟は一瞬にして顔を赤から青に染め、まるで説得するかのように蓮の肩をがっと掴んだ。
 蓮の肩を掴む手が小さく震えているような気がするのはきっと健悟の恐怖心がそのまま表に出ているからで、必死に口を真一文字にぎゅっと閉じられれば、そんなもの、絆されないはずがない。
「……え、あー……ちが、わー……ねぇんじゃねぇの……?」
 視線を外しながら蓮が告げるも、肯定を示す顔は真っ赤に染まっていて、なぜもっと格好良く決められないのだろうと恥ずかしさに負けた自分を呪った。
「―――〜〜っ!」
 すると次の瞬間には大きな激情を堪えているらしい健悟が何かを我慢するようにしながら蓮に抱き着いて来るものだから、まるで突進してくるような強さに負けた蓮はついその背をばんばんと叩いてしまった。
「、はなせっ」
 いてぇだろ、といきなり抱きついて来た健悟を叱るけれど、当の本人は未だ蓮の顔の脇で大きく首を横に振っていて、絶対に離すまいと言わんばかりに蓮の身体を己の身体へと沿わせている。
「やだっっ、やだ、れん、付き合って。……ね?」
 わざとらしく耳元で告げれば、当然蓮の身体にぞわぞわと這う鳥肌、決して悪い意味ではないそれは込み上げる嬉しさが証明しているようで、耳朶に口元を寄せてくる健悟に溜息を吐いては、蓮は口元を押さえて返事をする。
「……うーー、あー……、うっわ、マジか……あーーー、あー、はい、……うん」
 尻すぼみになった言葉は吐息混じり、つい笑ってしまった自分を自覚しながらも蓮が肯定すれば、その瞬間に健悟は蓮の耳元でふわりと笑った。
 きっと極上の笑顔をしているだろうそれに蓮がむずむずと唇を尖らせると、ぞわぞわと落ち着かない気持ちばかりが先行していく。本当に本当なのかと思っては、抱きしめられている確かな感触と暖かさが肯定を示しているようで、むずむずとした感情が身体中を駆け抜ける。
「つか、……う、浮気ってなんだよ」
 湧き上がる嬉しさを誤魔化すように蓮が問えば、その瞬間健悟は何かを思い出すように舌打ちをして、忌々しそうに蓮へと言葉を届ける。
「……校庭で見たやつ、殺そうかと」
 ぼそり、至って本気のトーンで発された健悟の言葉に微塵の心当たりもない蓮は首を傾げた。
「またまた冗談を……」
「冗談?」
 けれど蓮を覗き込んだ健悟は至って変わらず本気の瞳を届けるものだから、あれ、と蓮が怯んでしまったことも仕方のないことだった。
 健悟がトイレから覗き見た羽生とのキスシーンを思い浮かべながら顔を歪めているという事実も知らぬまま、蓮も少しだけ自分の立場になってその言葉を考えてみる。
「…………、」
 こんな小さな田舎町に居るときでさえ特定すらできないほどに大勢の視線を集めては羨望の眼差しを集めていた健悟、香坂のピンク色のラッピングをふと思い出せば今更ながらにもやもやとした感情が浮かんでは消えずに蓮の心の中で燻った。
 こんな僻地ですらこうなんだ、東京なんて行ったら? 綺麗な女優と共演したら? 考えれば考えるほど、色々な人に囲まれた健悟への眼差しを想像しただけで、もやっとした負の何かが心臓を刺激した。
 これが嫌だと、そういう感情なのか、と少しだけ納得した蓮が先程の健悟の発した単語を考えればすんなりと落ちてくるものがあって、蓮は健悟の袖を掴みながら、ぼそぼそと言葉を発する。
「あー……おまえも、なんか、そういうの……着いて行くなよ」
「! ……え、なに?」
 びくりと一瞬健悟の瞳が期待に震えてから、随分と嬉しそうに蓮との距離を詰めてきた。
 キスすらしてしまいそうな距離に蓮が俯いて、チッと舌打ちをしてから続きを紡いでいく。
「……だっから、そういう、なんか……こう、危ねぇ雰囲気のヤツ、居んだろ、なんか」
「心配してくれてんの?」
「するわ、おまえ糞モテんじゃん」
 くっそ、と悔しそうに蓮が自白した瞬間、健悟の頬が一瞬で締まりを無くしては、にこーーーっとだるだるに微笑まれた。
「、」
 余りにも嬉しそうな表情に言ったことすら後悔した蓮は俯くと、健悟は蓮の両頬を両手で掴んでは真っ直ぐに蓮の瞳と交差させた。
「でもおれ、蓮しかいらないよ? 蓮だけ俺のものならいいって、前にも言ったじゃん。俺の居場所は蓮の隣だけでいいし、蓮が居るだけでいいよ?」
 恥ずかしげもなくしっかりと瞳を捉えたままに吐かれた台詞は、中々頭に入って来ない。
「……かーゆーいー!!!」
 ふざけんな! と照れ隠しに健悟の頭を叩いた蓮に健悟は「なんでー!」と笑ったけれど、げしげしと健悟の脚を踏む蓮の行為は止まらない。
「あーもうっ、」
「、」
 ぴたりと蓮の動きが止まったのは、がばりと健悟に抱き込まれたその所為。
 間近に体温を感じては、ぎゅうっと抱き込まれる度にじわりと熱が広がっていく。




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あきゅろす。
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