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 ……騙されてたのかなんて、結局は分かんないままだ。
 何も言葉を貰って無いし、何も聞いて無い。言い訳すら訊くのが恐い、何を言われても、今は恐い。何が恐いんだろう、離れること? 違う、そんなの分かってる。あと少しで健悟が東京に帰るって、そんなの分かりきってることだ。利佳のものになるって、あいつの口から聞くのが嫌なのか?
「……っ、」
 それ、は、やだ。考えただけで嫌だ。
 何度か聞いた甘い声が、利佳に届いて、好きだって言って、キスして、そんなの、考えただけで嫌だ。
 分かってるよ、利佳のためなんて分かってる、どうせ利佳のために動いてたんだろ、ぜんぶ、ぜんぶ、いままでのこと、ぜーんぶ。
 好きな人は、彼女は、聴いても今まで交わしてきたのはそういうことだったんだろ。それか、よっぽど信頼されてなかっただけ。
 そんなの分かってっけど、いやだ。ヤなもんは、やだ。
「……でも、」
 また唇を噛んで、結局は妄想でしかない想像をする。考える。
 何度か聞いた甘い声が、利佳に届くことすらいやだ。
 でも、それ以上に。
 何度か見た冷たい目が、俺を見て、キモチワルイって。ムリだって。
 その方が、いやだ。受け入れられない。聞きたくない。
 たとえ本心だとしても、知りたくない。
 多分、一番嫌なのって……拒否られて、嫌われること、だよ、な。

 あんなに綺麗な笑みが演技だったのかなんて、知る術は無い。
 どんな証拠を並べられても信じられない。

 健悟と居るのが辛いんじゃない。俺が勝手に期待して絶望して、苦しくなるのが辛いんだ。自分勝手に健悟巻き込んでんだ。
 さいってー。マジで最悪。多分一番最悪なの、オレ。
 健悟ももう良いじゃん、こんな自己中ほっときゃいーよ。携帯だって電源切りゃ良いだけなのに、着拒すれば良いだけなのに、それすらしねえ自己中なんて構うこたねーじゃんか。
 分かってたじゃん、どうせつり合わないって実感してたじゃん。男のおれなんかと並ぶよりも、断然似合ってるよ、利佳の隣は。
「、」
 ――似合ってる。
 そう心の中で唱えた瞬間に、ぐぐっと周囲の闇が深くなった気がした。
 虫の音が余計に煩くなって、まるですべて俺が悪いと、責め立てられているような気さえする。

 だって、似合ってるって。しょうがないじゃん。
 男と女で、健悟と利佳だもん。
 似合うに決まってんじゃん。知りもしねえ女優とくっつかれるよか、全然良い。健悟に逢う機会だって、いっぱい増えるし、ほんとに、兄ちゃんになるんだから。
 そんなの、俺がこの前まで望んでいたことだったのに。

 なのに。

「……でもさぁー……なーんで利佳なんかなぁ……」

 言った途端に、また視界がぐにゃりと歪んだ。どうでも良い考えが堂々巡りして、何も動かないのに、悶々と涙だけが出てくる。だいっきらいだ、男らしくねえ、こんなの、俺じゃねえよ。
 でも、だって。他の人だったら、嫌いになれたのに。
 どっかの美人な女優とでもくっ付けば、二人に八つ当たってだいっきらいだって罵れたのに。羨ましいっつー感情なんか隠して、似合わないって思ってやれるのに。
 なのに、利佳だからこそ、適わないって分かってるからこそ、なんもいえねーや。
 俺が一生かかっても敵うことのない健悟と、同じく一生勝てそうにない利佳。
 どっちにも負けてる、どっちも完璧、お似合いじゃんか。
「……おれってシスコンだったのかね」
 ずびっと鼻を慣らすけど、その事実はすんなりとは受け入れられなかった。
 でも、似合うっつーのは分かる。羨ましいっつーのもすんなり思う。
 きらきらしてる健悟と、なんにもない自分。こんな汚い俺、見せたくない。きれいな健悟には見合わない、なにもないじぶん。
 さっき確信した。あの目を、おれはもう見たくない。あんな恐い健悟、いやだ。笑う健悟をずっと見れればそれで良い。
 好きだなんて言って、きもちわるいなんておもわれたくない。きらわれたくない、いやだいやだいやだ。
 なんだこれ、いつからこうなったよ。
 どーしていーのか、わかんねーよ。悩んでも悩んでも答が出ないなんて初めてだ。どんな勉強にも答えはついてるのに今は何も無い。学校とかマジ無意味じゃね。こんなに情けない自分、健悟と逢って初めて知った。
 でも、健悟にだけは、絶対に見せたくない。見せらんねーよ。

 何度目の決意だ、すきってきもちがなくなるまで、あいたくないって。一回は決意したにもかかわらず、中途半端に家に帰るからこんなことになるんだよな。
 健悟を見ても利佳を思い出さなくなって、笑って応援できるまで、逢わなきゃ良いって分かってるのに。そうする事が出来れば良いのに。我慢して我慢して我慢して、その我慢が消えて、逢うことができればいい。
 それってどれくらいかかるんだろう、健悟と居たのだってたかが数日なんだから、きっと、あと数日? たったそれだけで、こんな想いは簡単に消えてくれんのかな。
 逢わなかったらいつの間にか、薄れて消えて、もういいやって、諦められるようになってんのかな。
「……ふぅー」
 考えて考えて、少しだけ纏まりを見せてきた思考に深呼吸で落ち着きを取り戻す。
 大丈夫だ。家出なら、得意なんだから。
 なんかわかんないけど、大丈夫だ、気持ちを捨てるなんて、きっと簡単だ。
 利佳となら幸せになれんよ、ふたりなら大丈夫だよ。
「…………」
 ただ、今のこの状況って、すげーワルイことしたんかな。蚊帳の外な自分が邪魔して健悟怒らせて、今頃利佳に八つ当たりでもしてんのかな。したら、ちょっと、利佳にわりーかもな。
 あー、なんだろ。ほんと、俺の馬鹿。馬鹿、バーカ。

 最低だよ、畜生。






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あきゅろす。
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