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「たけひとー」
「んー」
「指輪とかあげんのってさ、やっぱ好きだからなんかなー」
「そーなんじゃないの、一般的には。嫌いだったらあげないでしょ」
 武人がちらりと眼線を下げ、自分の胸元にある蓮の指を見ながら言うと、後ろからはフッと乾いた笑いが聞こえた。
「じゃあさぁ、ノリで一緒に買うのと、自分が十年位ずうーーーっと使ってたのをあげるのって、どっちがホントの好きだと思うよ?」
「なにその質問、おんもっ」
 ははっと笑いつけ「重い」と叫ぶも、到底払拭は出来ないらしい、割と本気のトーンで頭を叩かれた武人は、ゴホンと堰込んで誤魔化した。
「……どっち」
「…………」
 搾り出したかのような声音で紡がれた問い掛けは、切羽詰った悲嘆に満ちていた。
 彼女の指輪と考えるのにはサイズが違いすぎる。小指に嵌まる筈が無い。武人がそう考えた先にあった解は一つしか無く、それならばと蓮の弱々しい声音に漸く納得がいった。
「ノリねぇ、ほんとに?」
「知らね、なんか知んねーけどいきなりくれた……わかんね」
 いきなり指輪をプレゼントしてくるなんて、なんという肉食女子。
 頭に浮んだ四文字を言えば容赦なく背後から鳩尾を攻められるだろうと嚥下する。そして二股をかけているらしい指輪の主を想像すると、まさに的確な三文字が頭に浮んできた。
「なんかすごい小悪魔に振り回されてんね、アンタ」
「……こあくまっっ!!」
「は?」
 しかし、その三文字を告げた瞬間に後ろからはクックッと笑う声が聞こえて、首を傾げることしか出来ない。
 蓮にとっても小悪魔という表現が来ることすら予想していなかっただけに、深刻な表情も一変しつい笑ってしまった。確かに相手が男だとは言っていないのだから、女だと思うのが道理。それでも、健悟と子悪魔という表現が結びつかず噴出してしまった。“真嶋健悟”からは、最も程遠い言葉選びに違いない。
「あー、わり。や、そーか、……そーだよな、なんでもねぇ。あってる」
「? あー、でも、十年位同じ指輪っていうのは凄いね、物持ち良いな彼女サン」
「そこじゃねぇ」
「そこでしょ。ずっと十年分の想いを預けたってことなんだろーから」
「…………」
 今迄笑っていたと言うのに、突如ピタリと核心を抉った武人の一言に、蓮は途端に閉口することしかできなかった。
「ほら黙る」
「……黙ってねぇ、おまえの下手な運転のせいで聴こえなかったの」
「へえー」
「…………」
 訝しむ武人の様子から、肩を握る蓮の力が知らず知らず強まっていく。それを承知した上で、武人は呆れたようにふっと笑ってから先を促す。
 黙っているということは、答えなんて聞くまでもない。自覚があったということだ。肯定して欲しかっただけ。慰めて、甘えて欲しかっただけ。しないけど。
「だいたい貰ってどうすんのそれ、サイズ絶対キツイじゃん。首から下げてて持っとけって? 余計に重いわ」
「用途なんか聞いてねぇ」
「あーっそ」
 かーわいくない。と告げられた一言に対して蓮は「可愛くて堪るか」と茶色い頭を叩きつけた。
 何の先入観も無い武人だからこそ本心が紡がれたのは確実で、遠回しに深入りするなと言われた気がした。当たり前だ。本命の居る二股彼女なんて、俺が武人でもやめておけって言ってる。
 でも、そんなんでやめられたらこんな苦しくねーんだよ。ばっきゃろー。
「あ、あれシバセンじゃね?」
「……うわ、ユーターンしろよ武人」
 気分転換に外に出ただけで、遠目で見ても怒気を孕んでいるであろう担任に出逢うために家を出たわけでは無い。
 蓮がくいっと武人の肩を摘み、あっち、と担任と逆方向を指差すも、武人は変わらず学校までの道を進んで行く。
「ちょーマジ、おいって、武人」
「でっきませーん。蓮ちゃん連れてきたらご褒美貰えんだ俺、これで職員室の冷蔵庫は俺のモンー」
「……は!? やっすい釣りに引っ掛かりやがって、てめぇ騙したな!」
「はい降りれないようにスピードアップしまーす」
「てっめぇええ!!」
 言葉通り、飛び降りれば怪我をするようなスピードまで一瞬で上り詰めた武人の脚力を怨んでいる内に、いつの間にか、至極近所迷惑なブレーキ音がキキーッと青い空に吸い込まれた。
「やあ五十嵐、オハヨウ」
「…………オハヨウ、ゴゼーマス」
「じゃー蓮ちゃん終わったらメールしてね」
「さいっあく。しねくたばれカスボケカス」
「ハイハイ、あとでね〜」
 満面の笑みで自転車を駐輪場へと運ぶ武人、青筋を浮かべながら行くかと柔らかな笑みを押し出す担任に、周りが全員優しいわけでは無い事を悟った。嘘だ。最悪だ。裏切り者の極悪人ばかりだ、俺の周りは。
 それでも、担任からの説教中もハイハイと言葉を右から左へと聞き流し、思い出すのは一番身近な嘘吐きが言った「重い」という言葉。
 今体育館で汗水垂らしているだろう裏切り者は、その「重さ」があの曲の全てだと言っていた。健悟が好きになった人に送った曲。全国にこれから流れるあの曲、ポケットの中、未だマナーモードに設定してある携帯電話。
「…………」
 ――言ってくれれば良かったのに。
 利佳のことだって最初から言ってくれれば、趣味悪すぎと笑って、こんなにのめり込むなんてしなかった。むしろ喜んで協力してやった。
 武人に訊いた問いに、曖昧に濁して応えなかったところを見ても、天秤に掛けられた両者の重みの結論なんて簡単に出ている。考えるまでもない。勝負にすらならない。

 なんだよ、くそう。
 やっぱり東京人なんて誑しじゃねぇか。

 健悟だけは違うって、なんの根拠も無く信じてた俺が、やっぱり間違ってたのか。




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あきゅろす。
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