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「ちょっとー。ただいまってばー」
 危ない。そう思った蓮は、咄嗟にゲームのスタートボタンを押して危機を回避した。
「っくりしたー、急に声掛けんな」
「声も掛けるよ、なんで返信しねーのメール」
 突然蓮の部屋に現れた健悟が黒い鬘を取りながら、扉を開けた瞬間に発した第一声は、画面上の彼からは想像も出来ない拗ねた声音だった。
 拗ねているのはマナーモードを解除してある携帯に眠ったままの未送信メールが原因だということは分かりきった事実だ。返さなかったメールを思いながら健悟を見れば、現れたシルバーアッシュの髪型はいつになっても綺麗だと見惚れてしまうような色であり、素直に羨ましいと思ってしまう。
 なんでプリンにならないんだ、俺なんて何回も染めてるのに。
 怨めしいようなじっとりとした目線を健悟の頭へと送っていると、いつの間にか近くに座っていた健悟が、再び蓮へと問い直す。
「なんで」
「だってくだんねーんだもん」
「ほー……」
 ぷいっと健悟をシカトしてゲームへと眼を戻す。すると、その蓮の一言がカチンと頭に来たようで、健悟は蓮の横に胡坐を掻き直し、ポケットから携帯電話を取り出した。
 健悟が携帯を弄ってから暫くすると蓮の携帯が受信を告げて、“真嶋健悟”の唄が室内へと広がる。律儀にもマナーモードを解除してくれていたそれに健悟は一瞬驚いたものの、捻くれ者の蓮の性格を考慮して口には出さなかった。
 武人からかと思いながら蓮がメールを開けば、受信者名は相も変わらずハートマークがひとつだけ。
「、あァ?」
 不審そうに健悟を見れば、営業スマイルとやらでにっこりと微笑まれてしまい、何を考えているんだと無言のままにメールを開いてみる。
 しかし、そこに書かれた文字は“バーカ”の3文字であり、あまりにもくだらないそれには当然無視を決め込んだ。
 だが、健悟が無視程度で懲りる筈もなく、再び着信を告げる蓮の携帯。
「だからなに?」
 眉を寄せて健悟を睨むが、健悟は一言も言葉を発しようともせずに笑ったままである。
“ばかばーか”
「……うぜぇんだけど」
 低レベルな健悟のメール、ぶち、と力を込めて受信ボックスを閉じた途端に光るランプをいい加減にしろと睨み付けても受信者名の絵文字は変わる事がなかった。
「……」
 変わらず低レベルな健悟の様子に、まさか永遠と五月蝿い機械音が鳴るのだろうかと思うと、うんざりしてしまう。
「……ハァ」
 蓮は諦めたようにゲームのコントローラーを床に置き、「うるさい」とだけ書かれたメールを返信した。
それが漸く健悟の携帯へと届き、受信欄を見た健悟は盛大に頬を緩めた。
「やっりー」
 内容もなにもないメールに健悟が喜んでからというもの、それから蓮の携帯が光を彩ることはなかった。
 悔しかったというよりもイラついたというよりも、構って欲しいというオーラを全身で発動している健悟に、蓮は仕方なくゲームをセーブして電源を切る。
「マジうぜぇ。同じ部屋に居るのにメールとか無意味すぎ」
「いいじゃん、俺レンとメールすんの好きだよ」
 さらりと放たれた健悟の台詞、誤解を生じそうな一言に、蓮は一瞬息を止めた後に苦笑した。 
「人生でオレの嫌いなことベストスリー教えてやろうか」
「え、なに?」
「うるせぇこと、めんどくせぇこと、メ、ェ、ル」
 最後を必要以上に強調し、くだらないメールを送りつけるなという蓮からの命令だったが、健悟は言葉のままに受け取ることなくにっこりと笑った。
「でも蓮はちゃんと律儀に見るもんねー。いーよ、気が向いた時に返信してくれれば」
「……おまえはそんなに暇じゃねぇだろ」
「暇だよ」
「うそつけこの」
 はあ、と溜息を吐いたところで睦から夕食だと呼び出され、二人は階段を下りて行く。
 このときは此れで終わりだと思っていたこの会話、社交辞令だと思って流していた会話だったからこそ、翌日から本当に何度も携帯が震えるという覚悟は、蓮の中では決まっていなかった。
 先日、二人乗りをしながら健悟がさらりと言った言葉。
“俺約束は守る男なのにー。”
 あのとき、あっさりと言っていた言葉を蓮は無視したが、どうやらそれは紛うことなき事実だったようだ。
 授業中も休憩時間も関わらず、本当に震える携帯は、最早宛名を確認するまでも無く赤い絵文字だということは日が経つにつれ分かりつつあった。
 最初は勿論無視を決め込んでいた蓮だったが、何度か受信するうちにふざけたメールに突っ込むところも増えて行き、オイコラと突っ込めば予想以上に喜んでいるメールが返ってくるのだ。気分で返信すれば良いと言っていた健悟からは、蓮からの些細な言葉で喜んでいるのが充分な絵文字で表現されていて、授業中に笑いを堪えているのは蓮だけの秘密事項だった。
 うぜぇうぜぇと想いながらも、そう言葉にしながらも、結局の所心の奥底では健悟のメールを待ってしまっている自分を、蓮はまだ認めたくはなかった。



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