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 そうして、刻々と過ぎていく毎日。変わらず家へと戻ってくる健悟とふざけながら日々を過ごしていた蓮だったからこそ、時折“真嶋健悟”であることを忘れてしまうことが多々あった。
 “真嶋健悟”といえば、素直に格好良いと認めざるを得ない顔、健悟の誰にも劣らぬ稀少な表情を存分と堪能できる場である。
 そんな“真嶋健悟”のスケジュールといえば、授業中は生徒の見える場所で撮影をしないという暗黙の了解の下、生徒達が帰りつつある放課後や早朝などバラバラで到底蓮が把握できるものではなかった。もちろん、いまこうして蓮が授業中に健悟のメールを受信している今も、健悟が何処に居るのかは分からない。空き教室で撮影をしている可能性もあれば、相も変わらず体育館に居るのかもしれない。職員室でお茶菓子を御馳走になっていたところ、生徒に叫ばれて傷付いたとも話していた。
 そして、そんなツチノコレベルの“真嶋健悟”を、蓮はいま、偶然にも発見してしまっていた。
「……マジかよ」
 窓際の席で、真面目に授業を聞いていない蓮だからこそ、ぼうっと外を眺めていた時に、ふっと視界に入ってきたのだ。まさか授業中に健悟が校庭にいるとも思わず、「あのばか、見つかったらどうすんだよ」と小さく呟いてしまったことは致し方ないことである。
 早く其処から戻れと、蓮が急いでメール画面を立ち上げると、その瞬間、信じられない光景が目に入ってきた。
 健悟の背中を目指し、とてとてと歩いて行く一人の女子生徒が居る。それは偶然にも先日、健悟との話題にも出していた2組の香坂だった。
 クーラーの為に窓は閉まっているものの、香坂の口元が “まじまけんごさん”と、形作ったことが遠い距離からでも確認できてしまった。
 まさか健悟が止まるとは思わなかったのだろうか、手中に何か隠し、驚きながらもゆっくりと健悟に近付いて行く。震える手で渡すプレゼント、女子を強調するようなピンクのラッピングを健悟は断っているようだったが、あくまでも健悟の背中しか見えないために状況は分からない。
 蓮の位置から確認できるのは、真っ赤になりながらも必死に健悟にプレゼント渡す香坂だけだった。
 学年で一番可愛いと称される香坂が、誰かと付き合ったという話は聞いたことも無く、誰かに対してあんなにも必死に訴えている姿は初めて見た。衝撃と言うものは、こうした日常の中にもあっさりと紛れていたらしい。
 蓮がぼうっと外を眺めていることに教師が気付き、外に目をやる。すると、授業をサボって“真嶋健悟”に逢いに行った生徒が居ることを目敏く発見して、蓮よりも先に注意をした。そこでクラス中が気付き、ざわめきと共に窓へと張り付いたのだが、蓮だけは席を立つ気分にはならなかった。
 教師を振り向き謝る健悟は笑顔であり、“真嶋健悟”では無かったからだ。
 “真嶋健悟”はクールで、知的で、いつでも真剣で、そんな顔をして笑ってはいけない筈だ。断じて許されない。
 授業中だろう! 戻れ! と教師に怒られても泣きながら笑っている香坂を見て、蓮は新規メールを作成していた携帯を思わず握り締めた。
 簡単に仮面を外してしまった“真嶋健悟”にも、笑顔でプレゼントを受け取ってしまっただろう健悟にも、何も知らずに渡す香坂にも、最早誰に対しての感情かも分からなかった。何に自分が動かされたのかは分からない。ただ、心の奥底からどす黒い靄が生じて、その塊が悶々と広がったままに消えてくれそうにないのだ。
 下唇を噛み締めながら窓の外を見る蓮だったが、きっと健悟は気付いていない。
 いま健悟にとってのトクベツは香坂であり、大多数のギャラリーの中に居る自分には、微塵も気付いて居ないのだ。
 トクベツでも、なんでもない。
「……、」
 スウェットでぐだってる健悟なんて、知らないくせに。御飯粒付けて美味そうに飯食う健悟も知らないくせに。本当は眼鏡かけてたり、腹掻きながら俺のするゲームにイチャもん付けてきたり、構って構って煩かったり、すっげぇうぜぇの知らないくせに。何回も飽きるくれーにメールしてくるしつこさとか、握った手のあったかさとか、赤くした顔とか、キスした唇とか、そんなの、……そんなのだって、なんにも知らないくせに。
 蓮が強い力でぎゅっと携帯を握り締めていると、ふと、男子生徒の声が聞こえた。
「あ、そっか。なんでプレゼントって思ったら。“真嶋健悟”、明日誕生日だもんなぁ」
「……」

――嗚呼。
俺も、なんにも知らないのか。




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