「起きろコラ」
 ガンッ。熟睡している人間に対して、容赦の無い一発。座っていた椅子を蹴られた衝撃によって、椅子と共に蓮の背中が大きく揺れた。
 そして、机にへばり付いたまま足の主を見上げれば、眉を顰めた坊主頭――宗像が其処に立っていた。
「……うあー、やだぁー」
 覚醒したばかりだからこそ全く目が開いていない蓮は、机の板を抱き締め“嫌だ嫌だ”と首を振るが、その行動も空しくあっさりと宗像に頭を引っ張られてしまう。
「ったく、もう放課後だっつーの」
「えぇ……?」
 昼休み以降の記憶がすっぽりと抜けている蓮の机の上には筆記用具も一切無く、机の脇に掛かったスクールバッグが薄い意味など明白だった。
 宗像はその薄いスクールバッグを蓮の机から取り、自分のバッグと共に右肩に持ち直す。
「ん」
「んー」
 その後、未だ眠そうな蓮に手を差し出せば、いまにも夢の世界に飛び立ちそうな力無い手が返ってくる。
 宗像の手に捕まえられたことによって漸く立ち上がることができた蓮だが、ほとんど声がしない教室に不審感を抱いたのは早かった。
「あれ……?」
 生徒が翔けながら教室を出ていくその様子が、朝の廊下と酷似し過ぎていたからだ。いつもと同じ筈だった放課後だというのに、当然居るべき人物が見当たらない。
 目がぼやけている所為かと目を擦りながら、武人と羽生の姿を探すが、やはり何度見ても見つける事は出来なかった。
「体育館」
「……またぁ?」
「また。先帰ろうぜ」
「えー……」
 蓮の唇がだんだんと尖り完全に起きたことを確認した宗像は、肩に掛けていたスクールバッグを蓮に渡した。
 取っ手の長いそれをラフに背負い直せば、出てくるのは朝も帰りも一緒に帰らない武人への不満。
「不満デスカコノヤロウ」
「……滅相も無いでゴザイマス」
 かといって、不気味に微笑みながら悪態をつく宗像に反論できる術など持たない蓮は、お返しと言うようににっこりと微笑みながら進むしかなかった。

 しかし、家の方向が違う宗像とはすぐに別れてしまい、これから酒屋の手伝いをする宗像に一緒にコンビニに行こうなどとは言えるはずも無い。
 蒸し暑い放課後、アイスを食べに行くという小さすぎる望みさえもが脆くも崩れ去ってしまった。



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あきゅろす。
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