「蓮」
「え、宗像も?」
 予想外にも聞こえた声に振り向けば、ピンクの声援を抜けた長身の坊主頭が、ゆっくりと蓮に向かって歩いていた。
 てっきり一人で教室へ向かい冷房を付けながら寝ようとしていた蓮は、一瞬目を見開いたが、着いてきたのが宗像だということで妙に納得してしまった。
「そりゃそうか、坊主にきゃぴきゃぴは似合わねぇもんな」
「馬鹿野郎、それを言うなら酒のが似合わねぇよ」
「ぷはっ、いつも助かってますってか」
「おーよ、感謝しろ」
 飲み会には欠かせない酒屋の息子に御礼を言えば、お互い笑えてしまい、教室までくだらない話ばかりして戻っていく。
 教室に着けば、何人かは戻っているのかもしれないと思ったが、相変わらず人の姿は一人も無く、体育館同様五月蝿い蝉の鳴き声が響くばかりだった。
 其処にクーラーの起動音を付け加え、窓を全部閉めれば、少しずつ火照った身体が癒されていくのを肌で感じていた。
 堪え切れないと、再び蓮は自分の席に着き、ぺしゃんこのスクールバッグを枕代わりに顔を突っ伏した。
「あー……つーかぜってぇいま校舎内に俺等ふたりだけぇー……」
「ハッ、気ぃ抜き過ぎ」
「んんー……」
 涼しい風に癒され、だらけていると、宗像から髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回され、それと同時に昨日の夜を思い出した。
 昨晩寝る間際、全く同じことを健悟にも同じことをされたな、とぼーっとしながら考えれば、やはり思い出すのは先程の熱気。
 人の多さを思い出すだけで、冷えていった身体に追い討ちをかけるように鳥肌が走った。
「まさかあんなに多いとは……」
「なにが」
「や、こっちの話」
 今朝、教育実習生に鼻血を出す女子が数名くらいはいるかもしれない、と睨んだ蓮の予想は大きく外れていた。
 体育館に行った時。
 武人たちと話していたとき。
 帰り際。
 其の何処の場面においても。
「……鼻血出してたコいっぱいいたね」
「けっこーな」
「……泣いてたね」
「ほとんどが」
「……」
「……」
 予想の斜め上どころか真上を垂直に付きぬけた“真嶋健悟”という存在に、ただただ驚きを隠せなかった。
 芸能人といえども、自分は全く知らない人。
 そんな人物を一目見るだけで涙を流すと言う行為が、蓮には理解しがたく、信じられなかった。
 今考えれば、健悟との初対面で公道から聞こえてきた女子の声も、健悟のファンだったということだろう。
 我が母親の持つ隠し玉の威力は相変わらず計り知れない。
 其れほどまでに好かれる理由が、先程見た黒髪スーツの“真嶋健悟”に潜んでいるのだろうか。
 シルバーアッシュでやんちゃに笑う“真嶋健悟”しか知らない蓮は、いまは何も分からないと言うのが本音だった。
 そんなにも万人に認められる“真嶋健悟”とは、一体なんなのか、まだ何も知らないけれど、良く分からないけれど、今の所、とにかく“凄い”と云うしっくりくる表現を肌で感じ、さっきまで鳥肌すら立っていた肌が再び火照ってきた。
「あー……アチィ」
「そうか? 結構冷えてきたろ」
「……んーん、アチィ」
 じりじりじり。
 たとえクーラーがきいていても、火照った身体が一向におさまってくれない。
「ああー……アイス食いてぇー」
「な」
「買ってきてー」
「ヤダ」
「ケチ」
「そういうことは武人に頼め」
「はは、たしかに」
 健悟だったら、こんなことちょろっと言うだけで、そこいら辺にいる誰かが数十本ものアイスを届けてくれるに違いない。
 まだ見ぬ健悟の威力に、それは言いすぎか、と小さく笑った。
 じりじりじり。
 未だ炎天下に居るギャラリーも、最高潮に蒸した体育館も、全く見覚えのない“真嶋健悟”も。
 思い出すだけで、暑い。
 夏蝉の代わりに廃れたクーラーが機械音を鳴らす五月蝿い室内、今日こそは武人を連れてアイスを食べに行こうと心に決めた。




“東京人って初めて言われたなー”

 そりゃそうだ。
 カテゴリーだったら”芸能人”だもんな。



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