いきなりの訂正。少しどころではなく大層に寂しい登校を終え、蓮は下駄箱にローファーを突っ込んだ。同時に武人の下駄箱にも目を通し、乱雑に入っているスニーカーを見て、武人らしいと小さく笑ってしまった。
 そして、やはり用事があったのだと安堵し、足取り軽く教室へ向かうが、――どうやら様子が可笑しいことには数歩進んだだけで気が付いた。
「わっ、」
「うわっ、蓮、わりっ!」
「おー……」
 肩にぶつかられ眉を顰めれば、隣のクラスの男子が5人ほど廊下を走っていた。いつもならば廊下を走るなと学年主任に言われるところだというのに、その雷が落ちてこない。
 先生が居ないのだ。
 蓮が思い出してみれば、校門に着いた途端に髪の毛や服装についてガミガミ言われることも無く、この日は朝からそれが免れた。蓮は、ラッキーと思った程度で足早に通り過ぎたのだが、どうやら違うらしい。
 周りを見れば、遅刻の心配をしても良い時間だというのに、見る生徒見る生徒全員が同じ方向に走っていくのだ。
 おまえのクラスはそっちじゃないだろう、鈴木。
 オハヨ、と頭を叩いてくる男の子もなんだか心許無い様子で走って去って行く。いつもは顔を赤くして蓮と話している女の子でさえ、心此処に在らずと云う表情で簡単な挨拶のみ。
 教室へ真っ直ぐ向かっているのは蓮のみで、皆が同じ方向へと急いで走っていくのだ。
 何事だと思っても、心当たりは全く無い。蓮の記憶が正しければ全校集会は毎月1日のみで、既に7月の集会は終えていたからだ。
 疑問を抱きながらも教室の扉を開けると、その疑問が確信へと変わった。
 教室に、生徒が一人も居ないのだ。
(……なにーさぷらいずー? 俺誕生日でもなんでもねぇよー……いやでも鞄あるし……移動教室……って、まだHR始まってもねーよ)
 黒板の上に掛けてあるアナログ時計を確認してみるも、HRまではあと2分。いつもならば蓮と武人が揃って一番遅い登校だというのに、ある意味一番乗りということで間違いないらしい。
 珍しい状況ながらもとりあえず席につき、背負っていた薄いスクールバッグを机の上に放り投げておく。ぼすん、と云う音すら、廊下を走る者の声に掻き消され、なんだか、学校全体が浮き足立っているような、そんな印象を受けた。
 しかし、そんなことは関係ないと、蓮は欠伸の後、スクールバッグを枕変わりに顔を突っ伏した。明るい太陽と心地よい朝の風が窓から届き、蓮の髪が金色にゆらゆら揺れている。まさに寝るにはもってこいというシチュエーションに、抗えるはずも無かった。
 うとうとと、そろそろ夢へと飛び立てそうだと幸福な気分を堪能していた、その瞬間。
「……うぉ」
 ポケットからバイブ音が聞こえ、予想外の振動に驚き目を覚ましてしまった。
「んだよ……」
 恨みがましく、緩慢な動作で携帯を取り出せば、朝同様届いていたメールは武人から。
“学校着いた!?”
 またもや絵文字の無いそれに、急いでいることが伝わり、仕方なくメールを返す。
“ん”
 たった一文字だけを送信して、ポケットに仕舞おうとしたその瞬間、再び振動した携帯。
 まさかと思いゆっくりと携帯を見れば、サブディスプレイはやはり佐藤武人の文字を映し出していた。
“はやけ体育館恋!!!!!!”
 最早絵文字はおろか変換ミスさえも放置して送られたメールに、武人の慌忙ぶりを想像して笑ってしまう。
 早く体育館に来い、と言いたかったのだろう。
 普段ならば“おまえがこい”と返すところだが、周囲から何の音もしないところをみると、どうやら全校生徒が体育館に集まっているのかもしれない。
 突然の呼び出しならば黒板に何か書いてありそうなものだが、黒板はいつも通り綺麗な深緑を保っている。
 呻りながら伸びをし、一息ついた所で、蓮は漸く、ゆっくりとではあるが足を進めた。体育館に、一体なにがあるのだと、小さな好奇心を抱きながら。



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