「……え、図星?」
「んなわけねぇだろ」
 不躾な視線を率いて訊いて来たというのに、一転し驚嘆の表情を見せる輩に、蓮は呆れたように言い放つ。
「つーか追っ掛けるとか、んな馬鹿なことしてんじゃねぇよ。迷惑考えろっての」
「えー。おまえさぁー独り占めなんてズリーべって、俺たちにも仲良くさせろよー」
「だから意味わかんねぇっつーの、くだらねぇこと訊きにくんなら証拠でも揃えてから来いよ」
 人の話を聴きもせず、そんなこといわねぇでさ〜、と放られる笑顔に此処までの虫唾が走ったのは初めてで、蓮は肩に掛かる手を盛大に跳ね除けた。
 バシンと響いた乾いた音。クラスメイトが訝しげな表情を顔に浮かべた次の瞬間、「ていうかさぁー」と横から口を挟んだのは、先程まで独言を続けていた羽生だった。
「いっくらなんでもそりゃぁー無理あんじゃないのー。だって蓮ちゃんなんてさぁ、この前撮影見ても“真嶋健悟”が誰だか分かってなかったんだよー?」
「……ていうか流石にやりすぎ。ヒくっしょそれ」
 其処に事情を酌んだ武人も加わり、やりすぎ、と窘めれば、クラスメイトは蓮に払われたその手を戻し不躾に武人を指差した。
「タケ。おめぇこのまえ蓮が最近付き合いわりくなったっつってたべした、それがこれなんじゃねぇの?」
「しつけぇよ。知らねぇっつってんだろ」
 蓮が睨みを返せども一度寄せられた疑念は絶えないらしく、クラスメイトからの不躾な視線に苛立って仕方が無い。
 だいたい何でたったそれだけの情報で特定されなきゃなんねぇんだよ、と舌打ち交じりに呟けば、再びこそこそと女子が話しているのが聞こえた。
「えー、だって蓮くん家って利佳さんも居んじゃんね?」
「うん……」
「……利佳が居るからなんなんだよ」
 小さい声に向けて溜息を零せば、聞こえていないとでも思っていたのか、即座に焦ったように口元に手を当てている。
 その光景に蓮が舌を一回打ったそのとき、今度は別の男子生徒が、座っている蓮の肩へとがっしりと腕が廻した。
「だーかーら。利佳さんぐれぇレベル高くねぇと、んな田舎では釣り合わねぇってことだべ」
「てめぇらは利佳を知らねぇから言えんだろ。そろそろ黙れよ、うぜぇ」
「まぁまぁまぁ。隠さなくても良いじゃん」
「さわんな」
 払い除けれども、「まぁまぁ聴けよ」と宥めるような口調で返され、はからずしも眉が寄ってしまう。いい加減にしろと蓮の唇が告げようとしたそのとき、それよりも速く相手の口元が緩く弧を描く。
「だからさぁ、だってあれだろ? こっちで撮影してんだから、現地に慣れて撮影に生かそうーみたいなさ」
「……は?」
 聞こえた言葉に手を払い除けることも忘れて眼を見れば、優越を彩ったかのような視線が降って来る。
「わーってるわーってる。どーせ居候すんなら利佳さんみてぇに美人が居る方が良いよな、たしかに。協力すっからさーいくらでも。言ってみろってマジで」
「…………」
 そして、全てを悟ったかのようにぽんぽんと肩を叩かれ、蓮は返す言葉も忘れ目を丸めてしまった。
 今すぐにでも離れろと、黙れと言おうと思っていた筈だったのに、告げられた言葉に自分までもが一抹の疑念を抱いてしまった故に、それに釣られ反論が簡単に浮かんで来なかった。
 決定事項かのように落とされた爆弾に憤怒は芽生えたものの、何も知らないからこそ告げられた言葉にハッとしたのも事実だった。まるで健悟が自分を利用しているかのような言い方、利佳を好きだとでも言うような断定、その全てを違うと否定したかったけれど、それが出来なかったのは確信が足らなかったからだ。
 健悟が家に居る理由も自分と一緒に居る理由も全く見付からず、今までも何故だろうと思ったことが何度もあった。
 ――親が知り合いで、ラッキーだっただけ。
 本当に、ただそれだけなのだろうかと、何度も思った。もしただのラッキーで済まされることが出来ないとすれば、きっと、健悟が誰かに逢いにわざわざ家に来たということ。
 そういえば健悟はなんで家に来たんだろう、と新たな疑問が付き纏えば、美味い飯を食うため? と首を傾げてしまう。でもちがう。だったら旅館の方が断然良いに決まってる。
 初めて健悟が家に来たときは、兄貴に逢いに来たんじゃないと言っていた。じゃあ、親父? そういえば最初に家に来た時、パジャマを見てすぐに親父のものだと言っていた。俺のでもなく兄貴のでもなく親父のだと。そんな小さなことは、些細な偶然なのだろうか? 考えすぎなのだろうか?
 でも、現に、かーちゃんも俺と健悟が前に逢ったことあるみてぇに……本当に、勘違い、なのか?
「……」
 降って来る妄言から思考が飛躍してしまった蓮が文句を返せずにいると、その様子を見かねた第三者が蓮の腕を掴んで話題の中心から自分の元へと引き寄せる。
「もういいだろ。終わり、この話題」
 口を開けぬままに蓮が武人を見上げれば、武人は普段よりも一トーン低い声で呆れたように言い捨てた。
「関係ないっつったら無いんでしょ。それだけだよ」
 男子生徒よりも幾分高い位置から睨みを返せば、その形相に一瞬怯みを見せた彼はチッと舌打ちをしながら眼を逸らす。
「? おーい。なに集まってんだー。席つけー」
 そのとき丁度担任がガラリと扉を開け、人だかりが出来ている其処に向けて声を張り上げた。
 だんだんとバラけていくクラスメイトの背を見た蓮が、武人に向けて有難うと視線で告げれば、流石聡い幼馴染はポンと頭を一度叩いたのみだった。
「…………」
 ――……別に、いいよ。たとえ利用されていたとしても、結局は今が充分に楽しいんだから、それで良いじゃん。
 都合よく解釈できる範囲で、蓮が頷く。そしてその横、担任に促されて席に着こうとした男子生徒は、ふうと溜息を吐きながらガリガリと頭を掻いていた。
「ま、そうだよな」
「?」

「――仮に居たとしても、所詮田舎のガキなんか相手にするはずねぇか」

 そして、鼻で笑いながら吐き捨てた。
 わりーね、と軽く笑いながら蓮の席から離れ、自分の席へと戻って行く彼から落とされた言葉は、蓮の脳裏に焼き付けられ、大きな衝撃を与えたのだった。





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