全国共通の長い音色は、学校内だけに留まる事無く、一帯の緑に吸い込まれるかのように空気を震わせる。緑坂(みどりさか)高校の授業終了を告げるそれは最早生徒達だけの物ではなく、農作業をする手をも止めさせる効力をもっていた。
 日が燦燦と照っている朝早くから、畦道を通る生徒達を笑顔で見送り、黙々と作業に徹する田舎の場景。遮るものなど何も無い陽光を豊富に浴びた木々や、少しの畦道を囲む一面の緑色。天辺が霞む様なビルが立ち並ぶ大都市とは本当に同じ国なのかと疑ってしまう程に、自然に囲まれた田舎町が広がっている。
 誰もが羨む様な自然に恵まれ、日々穏やかな笑顔に包まれている小さい村。
 その区切られた狭い空間に、且つ、毎日変わる事のないのんびりとした空気が流れる日常に、緑坂高校二年生の五十嵐蓮(いがらし れん)は殆嫌気が差していた。
 災害が起きた際には真先に避難所へと変わる、村一番の大きな施設。
 村の中心ともいえる大きな高校は、何の加工もされていないだろう艶やかな黒髪や、模範的な制服姿で溢れ返っている。
 しかし、その中に一人だけ、太陽の如く輝く金色の髪を持った男の子が居た。
 それが、蓮だった。
 勿論、金光りは元来の黒艶とは程遠く、ブリーチにより加工を施されている。
 綺麗に整頓された図書室の如く模範的な生徒の傍ら、例えるならば倒れ落ちた本なのだろうか、蓮は、己のサイズよりも二周りほど大きなズボンを腰まで下げ、シャツを大きく開け、耳に幾つものピアスをぶら下げており――といった、派手な風貌をしている。
 しかし、168センチの身長に加え、大きな目が印象的な童顔な顔の所為で、怖いと云う印象よりは可愛らしいと云う方が当て嵌まっている。
 派手な風貌でも文句無く似合ってしまう蓮は、田舎とは逸脱した格好故、都会に憧れを持つ生徒には尊敬の念を抱かれていたし、異性の友達も多かった。
 勿論、金髪の痛んだ髪は絶えず綺麗にセットされている。閉鎖された田舎町で何を間違え何処から外見に対する誤った情報を手に入れたのかも不明であるが、幾ら注意を受けても一向に正す兆候は見受けられなかった。
 此処が都会ならば“不良”というレッテルが貼られてしまいそうだが、産まれた頃から見知った仲故、地域の誰もが蓮が悪い人では無いと充分に承知している。だからこそ、そのような事態は起こらなかった。
 ただ蓮は、高校生に上がった頃から知恵をつけ始めたのか、度々、大きな荷物を抱え黙したままに家を出て行く事が増えていった。
 其れは俗に言う家出というもので、友達の家に行くというならば勝手知ったるなんとやらで二つ返事で見送るものの、蓮の場合はそうでは無い。それよりも、幾分も大事だった。
 蓮が住む場所は交通の便がとても不自由な場所にある。村自体には当然駅は無く、隣町まで自転車を四十分程走らせた場所に漸く線路が敷かれている。
 しかし、それも四時間に一本という都会では考えられない数値の上に成り立っている上、東京へ出かけるには幾度もの乗換えが余儀なくされ、肉体的には勿論精神的にも大変な労力が伴って来るのだ。
 其れを分かっていながらも、蓮は何度も行為を繰り返していた。
 繰り返す、というのは、地域連携型の特長故か、その行為が一度も成功していないからだ。
 何も無い片田舎で大きな荷物を持った、幼さの残る少年が怪しいと思うのは当然のことであり、例え隣町の駅まで着いたとしても、結局は狭い待合所なのだから誰かしら知り合いに遭遇してしまう。
 そうして、結局は家に戻る破目になる。
 だから、蓮の思惑が遂行された事は無かったのだ。
 それもこれも、小学生の時に家族で行った東京見物で、浮かれた蓮が何度も迷子になったことが原因だった。
 一度や二度ならば兎も角、蓮はたった一度の旅行で幾度も迷子になったと云う経験の持ち主で、成長した今でさえ家族は東京行きを反対していた。
 歳月が経っていることを承知してはいるものの、蓮が東京で消えた際の、心が冷える想いは忘れられなかった。
 幾度も家出を繰り返す前科があるからこそ、野放しに東京行きを承諾は出来ない。いざ蓮が東京に行ったとして帰ってくるという確証が取れないからこそ、心配なのだ。
 そのまま消えてしまうのではないかと、過保護だと分かっていながらも心配せざるを得ない。
 一緒に旅行しようにも、如何せん時間が取れない事がもう一つの原因でもあるのだが。
 蓮は蓮で、何もかもを捨てて東京に行ければ楽なのだろうが、当然そこまでする程の熱があるわけではなかった。
 住みたいのではない。行きたいのだ。もう一度で良いから行ってみたい、憧れている、その地に。
 ただ、その一心だけだった。
 だから、蓮は今日も変わる事の無い日常の中に埋もれている。



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