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みんな離れていくわけじゃないんですよ。あなたが嫌いなわけじゃないのですよ。きっとみんなあなたが好きだからですよ。だから、恥ずかしいんですよ、素直になれないのです。みんなあなたに感謝しているのです。わたしたちのたったひとりの哥哥。
戦争が終わり、たくさんの人がわたしと兄上のお見舞いにきてくださった。アメリカさんにご無礼をしたことを詫びると「そんなの気にしてないんだぞ!」と笑顔で返してくれた。だからこの人は、憎めないのだ。他国の方たちがお見舞いに来るのは、決まってわたしと兄様が二人揃って起きている時だった。戦争の怪我のせいで、余り長い時間起きていられなかったので、人と会う時間は本当に短かった。けれど、その短い時間に、彼らはわたしたちを訪ねてくれた。けれど、一国だけ、違ったのだ。
「兄様、どうしていつも兄上がお眠りになっているときに訪ねてこられるのですか。」
「あいやー日本はまた寝てるあるか!」
「惚けないで下さい!もうこれは狙ってやっている様にしか見えません!」
そう、兄である中国だけは、未だ日本と会話をしていなかったのだ。それがとても気に食わなかった。恨んでないと言ってはいたが、やはり、背中につけられた大きな傷が後を引きずっているのか。兄様は兄上と会うのを拒絶しているように見えた。
「兄様、わたしたちは明日、自国へ戻るのですよ?そのまえに一度兄上と…」
「あいやー困ったあるね、我は今日ここを経つあるよ。日本と話せなかったのが心残りある」
兄様、棒読みですよ。心の中で吐いた兄への言葉は血液と共に流れた。なにも、言えないのだ。これはわたしではなく、兄と兄の問題で、わたしが首を突っ込むようなことではないのだ。少しだけ頭を垂れているとぽん、と頭に手を乗せられた。
「我はこれで帰るあるが、明日は夜頃に着く予定だったあるか?」
「はい、兄様」
「気をつけて帰るよろし、ああ、そうだ。明日は十五夜あるね」
「十五夜、ですか」
「…、それじゃー我はそろそろいくある、また遊びにくるよろし、我もそちらに近々行くある」
日本によろしく、そう言って兄様は出ていかれた。そして、そのすぐ後に、兄上も目を覚ました。
「兄上、よく寝られましたか?」
「おや、おまえは起きていたのですか」
「兄様が見られてましたよ」
「それは残念、私は寝てしまっていたのですね」
兄様が訪れる度に寝ている兄も兄で、わざとやっている様に見えた。あれだけ傷つけたのだから、さすがに会うのも気が引けるのか。(でも、兄様は…)
「大丈夫ですよ。中国さんとはきちんとおはなししますから。そんな顔おやめなさい。明日には帰るのですよ?しゃんとしなさい、しゃんと」
「えっ、あ、すいません」
「ほら、誰か来たら起こしてあげますから、もう一度ゆっくりおやすみなさい。明日は忙しいのですから」
曖昧な兄様の言葉にふて腐れつつも、眠気には勝てず、私はそのまま約束の時間。日本へと発つ時間まで眠り続けた。
目を開けるとそこは飛行機の中で大変驚いた。さっきまで布団の中にいたというのに。兄上にここまで誰が運んでくれたのかと聞くとイギリスさんだとのことで、家に帰ったら電話でもしておこうと思った。
「ここも、久しぶりですね」
「ええ、ほんとうに」
長かった飛行機の旅も終え、二人で家の前に佇む。帰って来たのだと、実感する。懐かしい木の香りがする家屋。家に入らなくてもその香りが感じられるような気がした。
「では、入りましょうか」
「そうですね、では鍵を」
「ああ、その必要はないですよ」
「えっ…え、ドア開いて…「あいやー!遅かったあるな二人とも!待ちくたびれたある!」
「えっ…ええ!兄様!?な、なんで兄様が!?」
「私が頼んだのですよ」
なんでも、二人はもう随分前に和解していたという。ならば、いつ?答えは至って簡単である。
「酷いです、二人してわたしのこと騙してて…ほんとうに心配していたのに、酷、酷いです…」
わたしが寝ているとき、二人は話していたのだという。わたしに会話が聞こえてしまうのが恥ずかしくて、わざとずらして。そういえば、兄上はいつも兄様がきたあとわたしに寝るように言っていた気がする、なぜ、気がつかなかったのだろう。
「許して下さい、今日のことを計画していたんですよ、ずっと」
「…今日、ですか?」
「昨日我が言ったある!今日は十五夜あるよ!」
十五夜、十五夜、ああ。もう幾年も昔に三人で団子を囲い、月見をしながら将来を語ったことを思い出した。
「なんの因果でしょうね、こんな日に我が家に帰って来れるとは」
「アメリカのやろーもたまには空気を読んだあるな!」
「まあ、それはそうですが…わなこ、何をしているのです早くこちらにいらっしゃ…何泣いてるんですか、もう」
いつの間にか泣いていた。遠い昔を思い出して?兄様と兄上が仲良くしていることに?家に帰って来たことに?また、家族に戻れたことに…?
「兄様、兄上、わたしはお二人に感謝しています。わたしを見つけてくださり、ありがとうございました。ほんとうに、ほんと、うに…わたしは…、」
「ああもう、せっかくのめでたい日なのだからきちんとしなさい」
「う、うう…」
「日本はひでえあるな!ほら、我のところで目一杯泣くよろし」
「に、にーに!」
「あっこら、中国さん!」
「ほら日本、わなこ、月見るよろし。うさぎが薬煎じてるある!」
「だから、あれは餅ついているんだって言ったでしょう」
兄のやり取りにまた涙がでた、ふと顔をあげると、前に涙でつくった畳の染みは、いつの間にか消えていた。少しだけ口元をゆるめて、うるさい兄たちの元へ駆け出した。
「あれは兄様と兄上が二人でわたしを探してくれてるんだよ」
兄様、あなたは一人なんかじゃないよ。わたしも、兄上も、みんな傍にいるよ。
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