あまい花

「えっ、小山田クンって彼女いないんだぁ!」

 混雑しまくってる学食で、後ろの席の女が結構大きめの声ではしゃいでるのが聞こえた。別に知りたくもなかった情報だけど、へぇ意外だなぁなんて思う。
 小山田エイジ、といえば、この学校じゃ結構な有名人だ。そう、こんな、どこにでもいる平々凡々な俺でも、名前と下馬評を知ってるくらいには。
 俺はまだその小山田を見たことがないけれど、小山田と同じ法学部のダチによると、彼は「神様が依怙贔屓しまくって作った人間」なんだそうだ。ちょっとその辺にはいないくらいの美形だし、首席入学だったらしいと噂が立つほどに賢いし、しかも家は超金持ち。

(まぁ星の数ほど人間いるわけだし、一人ぐらいそんなのもいるわな…)

 そんなこと思いながらラスト一個の唐揚げをかっ込んで席を立つ。次の講義まであと十分。アホみたいに学生が集まる全学部生受講可の一般教養の講義だから、場所取りを急がないと最悪立ち見になってしまう。
 食器返却口でおばちゃんにゴチソーサマと声をかければ笑顔が返ってくる。それでちょっとだけいい気分になりながら、俺は駆け足で講義棟に向かった。



 五分前に着いたのに、三百人規模の大講義室は今日も満員だった。
 俺はなんとか一番前に空き席を見つけてそこに腰掛ける。三人がけの机だけど、大体真ん中はあけて二人で座るのが基本。隣の席の男はどうも筆記用具以外は手ぶららしかったけど、きっちり真ん中半分に鞄を置いた。
 開始時間をちょっと過ぎて、まだ若い講師が入ってきた。この人は中国の歴史をやってるらしい。まぁ話は面白いのだけど、出席だけで単位になる授業なので熱心に聞いてるわけではない。
 それでも板書が始まると一応形だけはノートを取り出して開く。
 そこにあるのは、我ながらちょっと感心するくらい似てる、サザエさん。これは先週描いた落書きだ。
 俺は昔っから絵を描くのが好きだった。まぁだからと言ってマンガ家になりたいとか大それた夢はないんだけどな。友達連中に「すげぇ!」と褒められたら満足くらいのもんだ。
 サザエだけでは何となく物足りず、磯野家とフグ田家の面々も描き加えていく。タマまで描いて満足したとこで、肩をちょい、と突かれた。
 チラッと振り返って、俺がまず思ったのは、何だこのイケメンは、だ。まさに神がかり的な美形ってツラがそこにはあった。

(まさか…)

 俺の予想が間違ってなかったら、コイツは、たぶん。

「それさ、見せて?」

 俺のノートを指差しながら、小声でそう言ったイケメンは、なんだか凄く楽しそうに笑みを浮かべてた。
 こいつは多分きっと、小山田エイジ、だ。
 なんでどうしてと訝しく思う前に、素直に身体が動いてた。イケメンパワーはどうやら男にも有効らしい。操られてるみたいに、俺は推定・小山田にノートを手渡していた。

「うっわ! めっちゃ上手いじゃん!」

 小声なのに、充分はしゃいでるのがわかるその声に、じんわり嬉しくなる。俺でも小山田みたいなのに褒められたりすんだなすげーじゃん!
 ありがと、と小声で返すと、小山田はニッコリと笑った。そらもう、女どもが見たら悲鳴あげて喜ばんばかりの眩しい笑顔だった。

「なまえ、なに?」
「……え、どれ?」

 この日本にサザエさんのキャラを知らんヤツがいるのか、とか俺がある意味感心して聞き返したら。

「じゃなくて、あなたの」

 あなたの…って…!あなたって!大学生の男子が使う言葉かそれが!
 こんな丁寧に名前聞かれたことなんか、なくて。変な風に鼓動が跳ねた。おおお心臓に悪い。

「お、大井、真知」
「まさとも?」
「そ、そう。えと……あんたは?」

 たぶん絶対間違ってないけど、やっぱり一応聞いておかなきゃな、と思って俺は聞いた。推定・小山田はシャーペンを二度ノックして、俺のノートの上の方に、何かを走り書きした。
 はいどうぞ、とやっぱり笑顔で返されたノートには、これもやっぱりな小山田エイジ、という名前と。

 なぜか、携帯番号とアドレスが書かれていた。


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あきゅろす。
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