あまい花

 平日の単館系映画館は客の入りが少ない分、配置されてるバイト生も少ない。今日も二人で余裕という有様だ。大丈夫なのか、うちは。
 上映が始まり、人の出入りが落ち着いたところで俺に声をかけてきたのは、レジ合わせに勤しむ先輩の女子バイト、田崎さんだった。ちなみに俺はカウンターの中で前売り券を数え中だ。

「ねー大井くんって緑大だったよね」
「はい、そうです」

 緑大ってのは俺の通う大学の通称だ。そしてこの台詞が出てくると高確率で「私の友達も緑大でさぁ」と続く。俺は交友範囲が広くないから大概「あ、そうなんですか〜」で終わるけどな。

「法学部の小山田くんって知ってる?」

 がーん。今の俺にその名前は禁句だ田崎さん。せっかく昼にメールをシカトされたことやらコースケに言われたわけわからん台詞を忘れかけてたのに……。
 しかし人とのコミュニケーションは大事にしなければならないし、嘘も吐けない俺は半笑いで返事を返した。

「あー……たまに昼一緒に食べますよ」
「うそ! やだ、早く言ってよそういうのは!」
「……はは、田崎さんも小山田ファンなんですか」
「うん、そう。緑大の友達が写メ見せてくれてね。すっごいカッコいいじゃん、小山田くん」
「そうですね。キラキラしてます」
「ホントねぇ……あーあ、映画見に来ないかなぁ」

 その田崎さんの台詞に、意外だな、と思う。てっきり「合コン開け」とか言われると思ったんだが、田崎さんはちょっと夢見る乙女のような目で千円札の束を握りしめて、遠くを見つめていらっしゃるだけだった。あー俺も大概、文学部女子に毒され過ぎてるな。こんな普通の反応が新鮮に見えるもん。
 俺の中でちょっと田崎さんの好感度が上がったので、情報提供を惜しまないことにした。乙女の夢は広げるべし、だ。

「小山田は性格も頭も良いですよ」
「そうなんだ」
「男子からも崇拝されてます」
「あ〜、っぽいね!」
「かっこいいからなぁ、あいつ」

 かっこよくて、ロマンチストで、俺と仲良くしたい、と言って憚らない小山田。それなのに、俺を睨みつけてそれから連絡も寄越しやがらない小山田。
 ……あ、いかん。考えたらまた暗い気持ちになってきた。考えてみたらまだ三日しか経ってない。こういうのは一週間くらいは覚悟して臨まねばならん、と自分に言い聞かせる。よし、とにかく小山田が地元から戻ってきたら話し合いだ。
 田崎さんとの会話も途切れたことだし、事務所に戻ろうとカウンターを出た、まさにその時だ。

「マチ」

 あ、と微かに田崎さんが声を上げたのが聞こえた。
 それもそのはずだ。

「小山田……」

 さっきまで話題の中心、俺のここ三日間のモヤモヤの原因である小山田が、真っ正面の劇場玄関から、こっちを……もっと正確には俺を、ジッと眺めていたのだ。


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あきゅろす。
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