ぐだぐだとコンパは続き、半数くらいが酔っぱらいと化した二十二時。
段々とぐだぐだ感を増す全体に比べ、俺の周辺の哲学科男子は哲学的猥談で盛り上がるくらいのもんだった。ああ、平和だ。平和を愛する俺にぴったりだ。
だが、平和というものは一瞬にして破られるのが世の常なわけで……。
「おーいくん、おーいくん! 飲んでるゥ〜」
「ちょっ、重ッ……あ、えー、船曳、さま」
「ちょっとぉ、あたしのことは『カナ様』って呼べってゆったでしょー!」
うん……お察しの通り、船曳さんは酒癖が物凄く悪いんですよ。こないだの哲学コンでも……ベロンベロンになって女王様扱いを求めてきたんです。俺は被害にあわなかったが、あれは……酷かった。
その女王様は背後から俺に抱きつき、しなだれかかっている。いい匂いがするし、やわらかいし、悪い気もしないが、如何せん酔っぱらいだ。
これで船曳さんが素面でさえあれば、俺は今すぐ交際を申し込むのだけども。如何せん、今の船曳さんはただの酔っぱらいなのだ。アピられてなどないのだ。明日になれば今日のことなど忘れてるのだ。心頭滅却!
「あ〜もう、カナ様、ちょ、ほら離れて」
「なんでー、嬉しいくせにィ」
「う、嬉しいけど! ダメだ、自分を大切に!」
「もー大井くんカッワイイなー! 食べちゃいたい!」
「……」
ぎゅむ、と更に強く抱きしめられる。あああやわらかい……ちくしょう生き地獄とはこのことか!
俺は必死に遠い目をしながら、哲学科男子陣に助けを求めた。今の俺は、女豹の前に差し出された哀れな仔ウサギちゃん状態だろ、どう見ても。ぜひ助けて欲しい。
だがそんな願いも虚しく、いつも船曳さんをチヤホヤしている男子陣は一斉に俺から目を逸らした。
前回の飲み会で得た教訓――酔った船曳さんに関わるべからず――は見事に生かされているらしい。今日の生け贄(生殺し)は俺か……世間は冷たい。
それでもめげずに助けを求め、視線を彷徨わせた、ら。
「あ」
未だに女子に囲まれたままの小山田と、ガッツリ目が合った。目を見開いて、何事ぞ、とこっちをガン見している……が、しかし。助けてくれと目で訴えても、向こうの島の小山田が助けてくれるわけはない。通じるわけもない。
俺は大人しく諦め混じりの笑みを貼付け、視線を逸らした。ここは自分で頑張るしかあるまい。えーと。どうしたらいいかな。
「うーん……カナ様、こっちに座ってはいかがですかね」
「えー。はーい」
抱きついていた船曳さんをとりあえず隣に座らせて、ウーロン茶を握らせた。よし、一安心。
あとは船曳さんと仲良しな女子でも呼んで引き取ってもらうか。こないだはそれが有効だったしな。
「よしよし……あー、松田くんや。野中さんを呼んできておくれ」
「よし、大井のために俺は行く!」
「……ありがとうよ」
「おーいくん、あたしアイス食べたい」
「はいはい、アイスね。後で来るよ」
「ビール!」
「ビールよりそれが美味しいから。ほら、それ飲んで」
ここでウーロン茶という固有名詞を出してはいけないのだ。拒否られるから。しなだれかかってきても、無理に引き離そうとしてもいけないのだ……余計くっつかれるから。
「おーいくんやっさし〜! あたしおーいくん大好きよ」
「ふはは……ありがとぉございます」
そして酔っぱらいの戯れ言を真に受けてはいけない……馬鹿を見るからな!!
ほっぺにちゅーまでかまされた俺は、周囲の哀れむ視線を一心に受けつつ、ひたすら野中さんの到着を待ったのだった……。