あまい花

 映画館のバイトは今日もつつがなく終了した。うん、うちは単館だから……作品がよっぽどじゃないと、客が少ないんだよ。八時間労働をしてもあんまり辛くないが、先輩たち曰く話題作以外はこんなもんなんだそうだ。そのかわり話題作の時は「死ぬ」と。死にたくねぇ……。
 事務所の社員さん方に「お先に失礼致します。お疲れさまです!」ときっちり挨拶をし、制服を着替えて、俺は裏口から駅に向かった。駅までは徒歩約十分。小山田との約束には余裕で間に合う。薄暗くなった街は、いつも通り若者たちでごった返している。まぁ俺もその中の一人なんだが、いつも人が多すぎて歩くだけでうんざりする。あー早く駅前に行って座り込みたい。

 俺は基本、すれ違う人の顔を見て歩かない。つーか視界に入ってても認識していない。コースケとかと遊んでいる時に何度か芸能人とすれ違ったことがあったのだが、言われるまでまったく気付けなかったくらいだ。ので、俺は都会育ちのわりに、芸能人を街で見かけたことがない。
 だから生で見た芸能人が、どれだけかっこよかったり可愛かったりするのか、知らないのだけども。

(うわ、すげぇな)

 駅前の時計台の下に立って何やら携帯をいじる小山田は、それはそれはかっこよかった。学校内であれだけ騒がれるのも解せるが、こんな街中で見ると……また……破壊力がすげぇ。いや、何を破壊するのかは知らんが。
 あぁしかし、アレに話しかけるのは……なんとなく、勇気がいると言いますか。周囲にいる待ち人たちも小山田に注目しているし、駅に向かう女の子たちもガン見してるし。くそっ、イケメンってなんなんだ!
 自分に「俺は小山田の友達、俺は小山田の友達」と言い聞かせ、実際に一度呟いてから、やっと小山田に声をかける決心がついた。いいんだ、俺はどうせ小心者だ。

「小山田」
「あ、マチ。バイトお疲れさま」
「お〜」

 小山田はへらっと笑って手を振ってきた。俺もへらっと笑いつつ、小山田のそばに近寄った。
 どっちもヘラヘラと笑ったまま、やぁやぁとかどうもどうもとか、しばらく無意味な挨拶を交わし合いつつ、俺は「ごはん、どこ行く?」と切り出すタイミングを見計らっていた。ぶっちゃけ俺は何も考えてないが、イケメン小山田ならどこか考えているはずだしな。
 しかし小山田はそんな俺の逡巡を知らずに「そういやさぁ」と切り出してきた。

「あのさ、初めっから言おうと思ってたんだけど……俺とマチの仲じゃない。エイジくん、って呼んでいいんだよ」
「…………」
「あ、またシカトしちゃうわけね。じゃ、こうしてやる」

 俺の完璧なアルカイック・スマイルは、ニヤニヤしながらほっぺたを引っ張る小山田によって崩された。くそっ、地味に痛い。
 いや、別に名前呼びしてもいいんだが……ちょっとタイミングをね、逃しちゃった気がして。
 今更感がある……あると思う。


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あきゅろす。
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