あまい花

 ああでもないこうでもないとチョッパーの口に悪戦苦闘してると、カバンの上に放り投げてた携帯から、軽快な駅の発車メロディが流れてきた。最近のお気に入りはJR蒲田駅の「蒲田行進曲」だが、外で鳴るとちと恥ずかしい。

「よしとも〜、電話取って」
「はーい……もしもし!」
「おいおい誰が出ろって言ったよ」
「ぼくはよしともです。まさともはお兄ちゃんです」
「え〜誰? ちょっと、良知。電話ちょーだい」
「えーとね、マサくんはお絵描きしてるー」
「ホント誰? コースケ? 良知くんほら代わって」
「せんとくん描いてくれたよ。せんとくん知ってる? 奈良に住んでるの」

 だめだフリーダムすぎる。良知は俺には御せない。諦めのいいところも俺の長所だ、と自分に言い聞かせ、しばらく良知の好きにさせることにした。前述の通り、どうせ俺の携帯にかけてくる奴なんか知れてる。
 うんうんと相槌を打つ良知は三十秒ほど会話を続けてから、「マサくん、おやまだだってー」と俺に携帯を手渡した。な、なんだとぅ!
 俺はなんとなく「んんっ」と咳払いをしてから、電話を耳に当てた。

「あー……もしもし」
『よしともくんいい子だねぇ』
「……」
『あ、申し遅れました。小山田です』
「いや知ってるしな。小二と弾んだ会話してんなよ」
『えーいいじゃないですか。で、マチくん今何してんの? あ、お絵描きだっけ。つーか明日暇?』
「いや、バイト入ってる」
『ふぅん……バイトって映画館だっけ。何時まで?』
「十八時」
『じゃあその後ごはん食べに行こうよ』
「いーよ。えーと……十八時半に駅前でいいですか?」
『いいとも〜』
「……」
『あ、待って、シカトしないで』

 電話の向こうには届かないことは百も承知だが、俺はアルカイック・スマイルのまま電話を切った。


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あきゅろす。
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