あまい花

 大学から自宅までは電車で四十五分くらい。
 俺はフンフン言いながら(もちろん心の中でだ)流れる車窓の風景を眺めてた。近すぎず遠すぎずのこの絶妙な距離を電車に揺られるのは、ラッシュじゃない時間だと結構楽しい。
 俺は電車が好きだ。うん、ぶっちゃけ、鉄道会社に就職したいくらいに好きだ。電車のモーター音はなんともブルージーなのに、周りの若者どもはイヤホンを耳に突っ込んでいる。鉄オタとしては理解しがたいが、あっちから見れば俺のが理解しがたいんだろうなー。口に出した途端、気持ち悪い子!とか言われちゃうんだろうなー。
 なんてことをぼやぼやと考えてたら、ズボンのポケットに突っ込んでた携帯が短く震えた。確認。コースケからメールだ。

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サークルの3年女子連中(ナイスバディ揃い)と新宿で飲み会。
マサ君もおいでよo(^u^)
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 最後の顔文字は来ないと殴るという意味であることを俺は正確に読み取った。コースケはああ見えて(遊び人っぽいんだよ、外見が)女の好みが極端に狭く、歴代の彼女から推察するに、微乳で地味めで笑顔が可愛い素朴系がストライクだ。地味めな子が多いうちの哲学科の女子にはデレデレしてた気がするし。
 俺も名前だけは所属しているサークルの先輩には「メヂカラこえぇ!なんだよあのまつげ!乳でかすぎ!谷間見せすぎ!」と女子力を見せつけられるたびに怯えていた気がする。先輩方の努力は永遠に報われないのだ……可哀想に……。
 そんな彼だから、きっと今日の飲み会はあまり乗り気じゃないんだろう。
 金曜日、飲み会、たぶんコースケを狙う先輩。考えなくてもめんどくさい。俺は基本的にインドア派だからな。それでも十秒くらい防波堤になってやるかどうかを悩んだ後、『もう家着いた。ごめんなさい。恨むな。』と小さな嘘と必要事項だけ書いて送信した。
 家に帰る道中、コースケからは『真知のバカ』と短い返信がきた。生還しろよ……!



 帰宅した俺に、母さんは「金曜日なのにこんなに早く帰ってくるなんて……あんた友達いないの?」といつもと同じ小言を洩らし、俺は「誘われたけど断ってきたんだ!」といつもと同じだけど今日だけは嘘じゃない主張を述べた。ああ、母さんが小山田・母のように面白おかしい人だったら良かったのに……。

「マサくん! おかえりぃ!」

 俺は三人兄弟の真ん中だ。社会人の兄ちゃんは実家を出てるが、年の離れた小2の可愛い可愛い弟がいる。
 それが、今飛びついてきた良知(よしとも)だ。

「ただいまぁ。良知だけだよ、おかえりなんて言ってくれるのは……」
「マサくん、せんとくん描いて! せんとくん!」
「おお、無視か。まぁいいぞ。せんとくんな〜」

 良知は俺の画力を高く評価してくれているらしく、いつもこうやって絵をねだってくる。最近は全国のゆるキャラがお気に入りだ。

「うーん……せんとくんの角ってどんなんだ……チョッパーみたいなのだっけ?」
「チョッパーも描いて!」
「はいはい」

 せんとくんにチョッパーの角を付けたらなんか妙なことになったが、良知は大喜びではしゃいだ。可愛い奴だ。続けて、ちょっとずつ出来上がっていくチョッパーに瞳をキラキラさせながら、良知は「マサくん、最近コースケ来ないねぇ」と言った。

「え〜そうか〜?」
「コースケ、ゲームする約束したのに来ないもん」
「そうだっけ〜?」
「マサくん、大学で友達百人できた?」
「あ〜、百人はできてない……」

 チョッパーの口……チョッパーの口ってどんなんだっけ。


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あきゅろす。
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