二人を隔てるものの話をしよう








例えばの話。
もし、俺があのファミレスでパフェを注文していなかったら。万事屋なんてものを経営してなかったら。ババアに拾われていなかったら。墓の前でのたれ死に寸前じゃなかったら。
この出会いは無かったのか。
果てしないifの問いの終わりは「じゃあ、もし生まれてこなかったら?」に辿り着く。つまり果てしなく、かつ途方もないのだ。結局はこの世に起こったか起こってないかが全てで、「もしあの時」を変えることはできはしない。
無ければ良かったと思う過去のものたちが今の自分を構成しているのはまぎれもない事実なのも知っている。
そしてまた、考える。
「もしあの時」。
その思考に身を委ねては何かを忘却している。しようとしている。


「銀さん」


少年の静かな呼び掛けに終わりない思考の旅から無理やり帰り、ゆっくり目蓋を開けた。和室のベランダ越しに外を見ていたように見えたかもしれない俺を、新八は敷居を跨がずにじっと見つめている。


「どした?」


自分ができる限りの優しい問いかけのつもりだったが、それはほんの少し掠れて聞き取りづらくなっただけだったかもしれない。
新八がなんでもないですと柔らかく笑ったような気配を感じた。
オレンジの太陽が窓辺を赤く染めて光の届かない部屋の隅は暗い。コントラストが絶妙だった。新八の顔がよく見えないと思い自然と目を細くした。
それから何も言わない新八は息を潜めるように声を堪えているようだった。急かしたつもりではなかった。ただ沈黙が先の言葉を促した。


「…部屋に入ってもいいですか?」


ようやく聞けた声は聞かずとも今さらな内容だったが黙って手招きをした。
そしてふと、今自分はどんな顔をしているのだろうと思い、きっと濁った目のいつもと変わらない表情だろうという考えに至った。
畳を踏み俺の前に来て正座をするまでのその所作は、なんとも言えないらしさがある。
家柄なのだろう。躾られた一連の動作は新八本人の性格も如実に表している。ピンと伸ばした背筋と膝の上で軽く握られた拳。
それでも道場主にふさわしい佇まいを繕うのは、やはり少年だった。建前上、新八が経営者だと言うことになっているのだろうが、門弟を募るにはどこか頼りなさげだ。
ほんの、まだ子供だ。当たり前ではないか。
何かを言いよどむように俯いた新八の黒髪が静かに揺れた。


「銀さん」


そう言ったきりまた一呼吸。
上げた顔はあまりにも自分を真っ直ぐ見るから俺は新八の拳に目を落とした。
まるで彼女から別れ話を切り出されるのをビクビクしている男のようだと思った。実際そうなってしまうのではないかとも思い、率直にそれは嫌だなと思った。


「新八、」


何も言わない新八の代わりに今度は自分が呼び掛けた。視線は斜め下のまま。
きっと新八は俺から何か言うのを待っている。あくまで俺に言わせたがってる。でも何を言ってほしいのかわからない。


「お前はどうしたいんだ?」


チラリと見上げるように見た新八は俺と同じようにまた俯いてしまっていた。


「銀さんはどうして僕なんですか?」


ポツリと落とされたのは簡単で、答えるのは難しい問題。言いたいことは痛いほどわかる。それならこっちだって同じことをぶつけてやりたいが答えられないだろう。
そんなようなことを返すと新八はしれっとした顔で「僕は言えますよ」と言った。


「僕は銀さんを選んだ理由言えますよ」


その物言いに、なんだか納得は出来なかった。
俺は選ばれたのか。どっかの誰かと比べて取捨選択した結果俺が残ったんだろうか。消去法の末の俺だったらどうしよう。
不満を表しているつもりはなかったが新八は文句でもあるかと聞いてきた。別に無いと答えれば言ってくださいとしつこいから選んだ選ばれたをくどくどと説明してやった。
聞き終わった新八はきょとんとしてからあぁそんなことと言った。


「悪かったなそんなことで」

「いえ…なんていうか」

「なに」

「さっきまで自分が悩んでたことが馬鹿らしくなりました」


何かに悩んでいたらしい新八は晴れやかな顔を見せた。
もうじき沈む太陽の日をいっぱいに浴びたあどけない顔。


「なぁに、銀さんには言えねぇよーなこと?」


たまらずぐしゃぐしゃと新八の髪をかき混ぜた。
わっ、と抗議めいた悲鳴を無視して額に口を押し付けた。
それにまた新八はギャーだかワーだかキャンキャン喚いた。


「銀さん」

「んー?」

「僕って愛されてますよね」


にこにこと満面の笑みで見上げる子供はさも当然のように言う。当たり前の事実なのだからしょうがない。


「僕、銀さんとは不釣り合いだし。子供だし。ていうか男だし。だから本当は勘違いで終わらせようと思ったんです」

「そしたら俺に引きずりこまれたってわけか」

「そうですよっ。どうしてくれんですか僕の純情」


お日さんは見えなくなり赤と黄と青のグラデーションが空を覆っていた。


「でもね、考えたんです。たくさん僕と銀さんの違うところを探してもどうにかなるものじゃないし。それに僕と銀さんは違う人だったから僕は銀さんを好きになったんです。銀さんだってそうでしょ?銀さんと僕は違うから、僕を好きになってくれたんでしょう?」


新八は控えめに俺を覗き込む。俺は負けないようにぐっと見つめ返した。
もしも、お前がこの世界にいなかったら。
そんなことがたまあに頭を掠める。ありもしない現実だと、笑ってくれても構わない。ただ、そうしていないとお前に出会えた嬉しさとか楽しさとかがわからない。俺って馬鹿だからさ。
すっかり日が沈みあたりは真っ暗になった。


「新八、」


今日と言う日が終われば恋も終わって、そうしたら今度は二人で愛を始めてみましょうか。






end

「恋の終わり」提出
091206



あきゅろす。
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