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誤解と誘惑



カラカラと馬車に揺られて向かうはとある辺境伯のお屋敷である。馬車に乗り数刻、レイは鬱々とした気持ちを溜め息にして吐き出した。
向かうのは特別な理由あってではない。いや、家にとってはこれは重要事項なのかもしれないが、レイにとっては苦痛でしかないのだ。
今日は辺境伯のお屋敷で社交パーティーが開かれる。
昨日も、一昨日も、レイは侯爵だの伯爵だのと主催の社交界に顔を出していた。
レイの家督は伯爵。けれど、領地は小さな離島。痩せており、自給は乏しく豊かとは言い難い。そんな伯爵家に良縁はなかなか舞い込んではこないのだ。けれど家を潰すわけにもいくまい。レイは今年18になる。貴族の令嬢として未だ縁付きが決まらないのは遅いだろう。

レイは容姿こそ恵まれたがやはり家の名を聞けば相手は躊躇してしまう。そしてレイ自身、話術に長けているとは言い難いし、感情だってそう豊かではないからコロコロと鈴を鳴らすように、花の綻びのように笑顔で社交界に訪れる、同じく婿探しなることをする令嬢たちに遅れをとってしまうのだ。

自分には向いてない。

散々わかっているのだ。けれど父上や母上の期待も裏切れない。
はぁ、ともう一度溜め息を吐き出したところで、辺境伯のお屋敷はもう目前であった。



−−−−−



「これはこれは、レイ様、お久しぶりでございます。お変わりなく?」
「……ええ、アルスター郷、お心遣い傷み入りますわ。」

主催のアルスター郷は苦手だ。いや、アルスター郷というよりその娘の…

「あら、レイじゃない。お久しぶり!いつぶりかしら?貴女ちっともお屋敷から出てこないんですもの、深窓の令嬢なんて持て囃されていたけれど、最近は婿探しにあちこちの社交界に顔を出しているんですってね、貴族将校が噂していたわ」
「お久しぶりです。相変わらずお耳が早いようで。恥ずかしながらその通りですわ。」

でた。

と、嫌な顔をレイは微塵も面にださず、涼しい顔のままで受け流す。
アルスター郷は苦い顔をしてフレイ嬢に退席を促すが、彼女は止まらない。
にっこりと口角を上げて、内緒話をするように耳を寄せた。

「随分と素直ね、それだけ必死ってことかしら?でもキラ様はだめ。あたし狙ってるんだから。」
「キラ様?」
「侯爵家の王家に連なる方よ!今日いらしてるの!こんなチャンス、逃すものですか!」
「……侯爵、か。」
「だめよ!絶対、だめ!あ、そうだわ。アーガイル郷がいいんじゃなくて?」
「遠慮しておく。」

体のいい厄介払いじゃないか。哀れなアーガイル郷には同情するが、同情で決められるような問題でもない。とっても人のいい方なのに!と誉めているのけそうでないのかわからない言葉を背に、レイはサッと辺りを見た。
口元を覆って隠したその下にはきっと唇が弧を描いているであろう勝ち誇った令嬢や、笑顔こそ浮かべるものの此方へ寄ろうとはしない殿方。
フレイに指摘された時からもしかしたらとは思ったがこちらの目的も素性もばれている以上、よほどの物好きでないと寄ってこないなと今日の社交界は、…というより今後の社交界でもだろうか、諦めざるを得ない気がした。
当たり前だ。陰では没落寸前とまでいわれているのだから。実は。
援助…まぁ用は金なのだが、たっぷりと資産を持った殿方に嫁いでたっぷりと援助していただかねばねらないのに。

今回の花形はやはりキラ様のようだ。侯爵家ともなればこぞって貴族の令嬢が自らを売り込むだろう。たとえその資格があったとしても遠慮願いたいなと婚活に消極的すぎるレイは壁の花よろしくシャンパンを手に女性に囲まれる侯爵を眺めた。

侯爵は実に好青年であろうと遠目にも思う。女性達への対応に手慣れているのが少しあれだが、それでも誠実そうだ。しかしそれよりも気になるのがその隣で剣呑な色を隠そうともせず不機嫌に眉根を寄せる青年だった。
令嬢方に話を振られてはぎこちなく返して侯爵を睨みつける。とはいえ侯爵はそれを笑顔で受け流しているのだからしたたかだ。

まぁ没落(寸前)貴族には縁のない花形貴族たち。早く帰りたい…と帰りの馬車が早く迎えに来てくれないものかとレイはバルコニーへと足を向けた。



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