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前途洋洋!



家は隣、親同士仲が良くて、同じ年に生まれた男の子たち。自然と形成されたその性格は、ずっと一緒にいたからか生来あったものか、すっかり正反対に確立し、けれどだからこそ互いで互いを補うように、二人は幼なじみで親友という関係で今日まで至っている。それがいいか悪いか、もちろんいいことなのだろうけれど、



『レイって…どこ受けんの?』
『T大。』

即答に、だよなぁ…とガックリとうなだれたのは桜の芽吹く春先だった。
頭が良くて成績優秀な幼なじみは、高校受験こそ「近いから。」を理由に同じところを受けたけれど、大学受験ともなると別らしい。確かにあの時も、重要なのは最終学歴だとかなんとか言っていたからそれなりの覚悟をして、至極真面目に勉学に励んできたオレの成績は上から数えた方が早い。けどT大はハードルが高すぎる。予備校とか行った方がいいかな。と思案していると、そんなオレをちらりと見やったレイは、「まさかお前も受けるのか」と目を丸くした。

『悪いかよ。』
『いや…』
『無駄な努力って?』
『そんなこと言わない。』

そう言ってレイも、同じところに行けたらいいなと優しく笑う。見慣れた笑顔だけれど、この笑顔は親しい間柄にしか見せない。そんな表情にオレは飽きもせずに、オレだけに向けられるのだという多少の優越感も抱き、胸を高鳴らせていたのだ。


昔からの親友で、互いをよく知る者同士ずっと一緒にいるのだから、相性もいいだろうし相手に悪い感情なんか抱いていないはずだ。けどやっぱりその相性も感情も、友達に向けるものであって、その域を越えてしまったらこの関係は終わってしまう。だってオレたちはどちらも男なのだから。
世の中は所詮常識で成り立っている。オレだって体裁や人の目は気になる。
だからオレは何もないフリをして、諦め悪くただただできるだけ、なるだけレイのそばにいられるようにするしかなかったのだ。






――けどまぁ、やっぱり、人生そう甘くはないもので。

(ない…)

レイの番号はあって、オレの番号はなかった。一年間遊ばずに頑張ったけれど、これが結果だ。結果しか意味をなさない。そういう世界なのだ。

(ちょっとそんな予感はしてたんだよなぁ…)

志望理由も不純だし。もしかしたらこれを機にさっさと諦めろってことなのかもしれない。いや、どこかでこれ以上は無理と無意識に自分で線を引いていたのかもしれない。どうせ叶わない想いだ。溜息ひとつして、斜め後ろで同じく番号を確認してるレイに声をかける。

「レイ、帰ろ」
「……あぁ。」

電車でも会話らしい会話はなくて、駅から家までの道のりもほぼ沈黙だった。
珍しくこちらを伺うようなレイの視線から逃げるように歩く。
気を遣われるのは嫌だし、あんだけ一緒に勉強してオレだけ落ちたっていう恥ずかしさもある。それにオレは落ちたっていうことよりレイと同じとこに通えなくなって、これからどうやっていかにレイと一緒に居続けるかということしか頭にない。呆れるほどに、矛盾してる。叶わないと割り切るふりして結局これだ。



「S大なら受かってるじゃないか。」

ぽつり、とレイが一緒に受けた滑り止め大学を口にした。S大もオレたちの高校から行く者が少ない難度の高い大学だ。父さんも母さんも、学校の先生もそこで十分と言ってくれるような。帰りがけ、唸り続けるオレにレイがかけた初めての慰めがそれだった。

「…ああ、うん。」

3年前の自分を思えば大業をなしたと言ってもいいかもしれない。けど、正直大学なんてどうでもいい。どうでもいいからおざなりになった返事にレイは何かを言おうとして口を開いて、止めた。

なに?と。レイがこうして言葉を濁すことは珍しいから――この状況ならそうなるのも当たり前かもしれないけど、慰めとか苦手そうなレイが何を言うのか気になって促してみて、それでもなかなか口を開かないということに、たぶん慰めとかじゃなくて自分1人受かったことが申し訳なくて、でも謝ったら逆効果かとか、そういうことを考えているんだろうと思った。

言葉を探して視線を彷徨わせるレイなんて、もしかしたら初めて見るような姿かもしれない。
(ちょっと可愛いかも。)

同い年の男に向けるにはあまりに不似合いの形容と、この状況。はっと自嘲のような笑みが漏れて、苦笑する。

「平気だよ。わりと。」
「………。」
「S大でもさ、オレにしたら十分だよ。」
「…そうか。」

嘘じゃない。嘘じゃないからレイもその言葉を素直に受けて、でもならどうしていつまでもそんな顔をしているんだと言いたげな表情に、少し甘えたくなった。


――ただ、
甘えとなってぽつりと零れた本音の糸口は、ともすれば簡単に聞き逃してしまいそうなほどに小さな吐息ほどのものだったけれど、レイは逃さなかった。「ただ?」と先を促すレイに、やっぱりまずかったな、早まったなと思ったけれど、レイのこの視線を上手く巻く術は、残念ながら18年一緒にいながら未だ会得できていない。

「………。レイと、一緒のとこ行けないなって。」

こうなったら素直に言うしかない。こんなの男に言われたら寒気がするんだろうか。まぁ、別に寒気がしたところで一緒に行くことは叶わなくなっているのだから許されたい。
はぁっと諦めを空に放った。まだまだ寒いけれど、真冬のように白い息となることはない。もう春になるんだな、と実感する。新しい生活なんて全然想像できないけど、もう卒業式だって終えているのだ、次に行くのは大学で、今までの高校じゃない。レイもいない。

「……S大なら、受かってる…。」
「はぁ?…だから、」
それは言われなくてもわかってる、だからオレはS大に行くんだ。そう言い募ろうとしたオレを遮るようにレイも被せて「だから、」と言った。

「だから、S大に行こう。」
「え?」
「一緒に受けて、一緒に受かったじゃないか。」
忘れたか?と、しれっとした顔で返されても、「行こう」と言ったレイにただ疑問が浮かぶばかりだ。
確かに、レイも一緒に受けた。本命より発表が早かったから、2人とも浪人は免れたなー、と胸を撫で下ろしたのも記憶に新しい。でも所詮滑り止めだ。本命が受かったレイの行くところじゃない。

「なに言ってんだよ、本命受かってんじゃん。…もしかして今オレの言ったこと気にしてんの?」
一緒のとこ行けないって言ったオレのせいだろうか、まさか、そうだとしたら、嬉しすぎる。…けど申し訳ない。そういうつもりじゃ…と言い掛けたオレをレイは制した。

「別に、今のシンの言葉を受けてそうしようと思ったわけじゃない。……もともと、T大かS大か、…シンの行くほうに行くつもりだった。」
「なんで」

どうしてか、責める口調になった。嬉しいけど手放しに喜んでいい話じゃない。レイは言葉を探してか思案するように自身の顎に指を当てて、結局肩を竦めてみせた。

「…一緒のところへ行きたい。…お前がT大を志望すると聞くまでは、大学は別になるかと諦めていたが、ここまでくればひとつランクを落とすくらいどうでもない。……今さらお前と別れ別れというのも、な。」

それだけの理由だ。
気味が悪いと言われればそこまでだが…、と歯切れ悪く目を反らしたレイに感謝する。今はちょっと、見られるのが憚れる。絶対赤くなってるから。

片手で顔を覆って、空を仰ぐ。「気味が悪いっていうんならお互い様だ」と返しておいて、火照った頬に手の甲を押しつけた。

「大学、楽しみだな。」
「あぁ。」

くすりとレイが笑った気配がして、とりあえずあと4年はまた一緒にいられるってことと、もしかしたらという期待の溢れた吐息を空に放った。








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