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とびのった先に



突然ではあるが、私はとある深ーい事情とやらで女装中の男と同室である。
なぜそういった事態になったのかは知らない。突っ込んではいけないようだ。

正直、中途半端な時期にやってきた転入生と同室と聞かされたときは頭を抱えたが、柔和な笑みを湛える彼女は部屋でもその体裁を変えることなく、二人で過ごす時間は穏やかで、
顔に似合わず低めの声であったことに驚き、この声がコンプレックスであんまり喋りたくないんだ。と小さく漏らした彼女がとても可愛らしいと思った。


………見事に騙されたわけだが。

今思えば男と疑われないために極力声を出さずに済む布石にすぎない。


しかしそれを補うかの如く、雪のように白い肌、漆黒の艶のある髪、それと同色の長い睫毛に縁取られた深紅の瞳は誰がどう見ても美少女であった。
スラリとした高身長に抜群のスタイル、寡黙だが浮いていることもなく輪のなかで笑みを浮かべている姿は男女ともに見惚れてしまっても致し方ない。

私は人の容姿というものをそれほど気にしたこともなかったが、彼女(いや、本当は彼なのだけれど)はやはり人目を引くほどの愛らしさを持ちあわせているのだと断言してもいい。


(それがこれだ…)
部屋にいるときはめんどくさいからとやたらと巨乳な胸の詰め物を外している。
本人曰く、どうせ女の格好をするならでかい方がいいとのこと。
かつて本気で胸の小ささをこいつに相談した自分を殴りた…、ああ、しまった。このことは記憶から抹消しなければならなかったのだ。思い出してはいけない。

そして今現在胸どころか付け毛まで外している。これもまた長ったらしくて邪魔、らしい。
胡坐をかいてテレビを見る姿は昼間の美少女とは似ても似つかない。

「そんな姿、誰かに見られたらなんて言い訳する気だ。」
「んー?平気だって。誰か来そうになったら布団潜り込むから。」
視線をテレビに向けたまま、けらけらと笑いながら返すシンに眉根を寄せる。

「私は知らないからな。」
「はいはい。」


とは言いつつ、あまりに軽いシンが心配になってしまうほどには彼は私の内に入り込んでいる。
結果的に彼をフォローしてやる役に回っているのは悔しいが事実。

男だとわかった今でも、いや、男だとわかったからこその遠慮のないやり取りもある。女性特有の集団行動や必ずと言っていいほど花が咲く恋愛話なんかは興味がないしどちらかと言えば苦手。楽なのだ。シンといるのは。
レイって本当にシンにべったりよね、妬けちゃうくらい!なんて笑ったルナマリアに二人して曖昧な笑顔で返し、部屋に帰ればそれはそれは意地の悪い顔で、レイが俺にべったりだってさ。悪い気はしないな。なんて笑うものだから無言で叩いてやった。
レイって俺が男って判った瞬間から容赦ないよな。前は暴力に訴えるようなバイオレンスさ、なかったのに…、とわざとらしく嘆いてみせるシンに当たり前だ、と返しつつ、こんな軽いやりとりができる相手もそうそういないな、と嬉しく思ったりもした。




「シン、レイ!今度ね、メイリンにサプライズパーティー開こうと思うの!…って、何してんの?」

今のお前の方が十分にサプライズだ。とノックもなしに突然ドアを開け放したルナマリアに心中で返し、咄嗟にベッドに押し倒したシンに馬乗りになったまま、突然の訪問者に顔だけ向けた。
たぶん、私が陰になってシンは見えていないだろう。

「プロレス、的な…」
「プロレスぅ?なんかシンとレイがプロレスって変なかんじ。よくやるの?」
「………。どうでもいいだろ。で、なんだ突然」
やるわけないだろ。とはもちろん言わない。おかしなところで素直なルナマリアに感謝しつつ、…いや、感謝するのはおかしいが、そのままの姿勢で問う。

「ああ、そう!もうちょっとでメイリンの誕生日だから、こっそりパーティーの企画立ててんのよ。二人も絶対参加よ!プレゼントも用意してあげてね!」
それだけっ。お邪魔してごめんなさいね!
ぱちんっとウインクをしてそのまま嵐のように去っていったルナマリアに、一時部屋は静まり返り、シンが吹き出した。

「笑い事じゃないぞ。」
「ごめんごめん。…でもさプロレス的なってなんだよ、的なって。」
「笑うな。」

唇を尖らせてそっぽ向くレイに、よけいシンは笑いが込み上げるのか、くすくすと笑いっぱなしだ。

「助け損だ。」
「ごめんって、本当に助かりました、レイさんのおかげ!」
「なっ、離せ!」

言葉と共に不意に半身を起き上がらせたシンに、後ろに倒れそうになったのを腰に回された腕が支えてくれたが、いかんせん、近い。

「女の子ってやたらベタベタしたがるけど、レイはそんなことないよな」
「女が皆そんなわけない。私は触られるのは好きじゃない、し…、それにお前ば男だろ」

「…あれ?レイってちゃんとオレのこと男って認識してたんだ」
「当たり前だ」

へぇ〜と目を丸くするのみで腕は離れない。
「おい、離せと言ってる」
「いつまでも乗ったままでいたのはレイじゃんか」
「退こうと思ったらお前が起き上がったんだ」
もう退くから、早く。と肩を押す。

「あれ、レイ顔赤くない?照れてんの?」
「照れてない!」

くすくす、と笑ったシンが顔を寄せる。
「レイってオレの前でも平気で着替えようとするしさ、まぁ狭い部屋だし仕方ないとは思うけど、あまりに無防備だから逆に望み薄かと思ってたから。」
「…、は?」
「レイがオレを意識してくれるなら、まだ希望を捨てるには早いよな。」
「な、なにをいって…」

「レイもご存知のとおり、オレも男だよ、ってコト。」

いつもより低く甘い声で囁かれて、頬にやわらかな感触とリップ音。



「これ以上オレの前で隙見せないほうがいいかもよ?」

身勝手な言動に含まれた笑いとは裏腹な真剣な瞳に、少しだけ、不覚にも胸が鳴ったのは何かの間違いということにしておきたい。








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