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沈魚落雁、閉月羞花





「シンで試してみたら?」
「シンなら、平気だよね」
そうよ、大丈夫大丈夫、あいつに聞かれちゃまずいような話なんてないわ、良くも悪くも正直だし。

騒がしい昼食時の食堂内でそんな会話が聞こえてきた。本人たちはこっそりと話しているようだが、周りに丸聞こえだ。

(関わりたくはないが…)
それでも、何やら怪しげなビンを持ったメイリンが気にならないとは言えない。さらにそれをシンの食事(らしきもの)に盛ろうとしているのだから、友達としても、見過ごしおくことができなかった。









「……要するに、自白剤のようなものか」
「違うよ!なかなか気持ちを打ち明けられない乙女がちょっと積極的になれる魔法の薬!」
「………」
怪しすぎるフレーズだな。

「でもちょっと心配だからシンで試すのよね。」
「うん、だからレイ、お願い!見逃して?」

食堂でなにやらこそこそしていたホーク姉妹はやはり、シンの不在中に(トイレらしい。)薬を盛ろうとしていた。
「…それは、危険ではないのか」
「大丈夫だよ!ほんの2、3滴だけ!」
「………どうなっても知らないぞ。」

俺にも多少なりともシンの本音とやらに興味があったのは拭えない事実。結局は見てみぬフリ、ということになってしまったことに心の内で謝罪をし、何気なくその成り行きを見守ることにした。

俺の答えにやったぁ!と跳ねたメイリンは薬を数滴、いや、勢い余って結構な量をシンのコップに注いだ。

「………」
「………」
「………俺は知らないぞ。」


「…まぁまぁ!レイもここにいなさいよ!」
「そうそう、レイ、ほらここ座って!」
「俺は関係ない…」

ルナマリアに掴まれ、メイリンに背を押され、なんとしても逃げたかったが、シンまで戻ってきた。

「?、何してんの?」
レイも一緒に食おうぜー、と言われれば大人しく座るほかない。彼女らの悪事を見てみぬフリをした手前、黙って見守るしかできない。
(すまない、シン…)

ルナマリアとメイリンが固唾を呑んでシンの動向を見守る。

「?みんな食わないの?」
「た、食べるわよ。ねぇ、メイリン?」
「う、うん!」

「ふぅん………」
不審な眼差しを正面の姉妹に向け、一向に食事に手をつけないのは野生のカンがそうさせるのか、ルナマリアたちも珍しく焦ってシンの視線から逃げ、平静を装うも、不審なのは変わりない。むしろ余計怪しい。
シンの視線はこちらも向くが、気に留めない風に水を一口飲む。それにならって、シンも水を含んだ。

(しまった、無意識下にシンが水を飲むよう助長してしまったかもしれない。)

単純なシンは俺が飲んだ水を安全と判断したのか(そうではないと思いたい)それを含んだ瞬間盛大に吹いた。

「ぶっっ!!!まっず!!!」
薬の大量に入った水は無着色だが味はあったらしい。

「大丈夫か」
シンの吹いた水から逃げていたホーク姉妹は遠くから様子を伺っている。
はぁ、と嘆息し、シンにハンカチを差し出す。
「ん、あぁ。ごめん。」
なんか、変な味がしたから…、と申し訳なさそうに口元を拭うシンに、こちらの方がごめん。と心中で返す。
「ハンカチ、洗って返すな。」
そう言って顔を上げたシンが固まる。
大きく開かれた目にじっと見つめられ、何事かと後ろを振り返ってみるも、何もない。

「どうし…」
「レイ……」
「…?」
「お前、こんなに綺麗だったっけ…?」
「…………。はぁ?」
「あ、いや…。前から綺麗だと思ってた、んだけど…。」
恍惚の表情を浮かべ、頬に触れるシン。原因は明らかにあの薬。ホーク姉妹を睨むと露骨に顔を背けられた。









「レイ、…好きだ、愛してる」
耳に口付けるかのような近さで囁かれ、身を捩る。
「わかったから、…っ離れろ」

その姿を見た周りは慌てて目を反らして、でもやっぱりこっそりと伺うように視線を向ける。
シンはそんな視線をものともせず、肩を抱き寄せ、必要以上に身体を密着させる。

「あら、相変わらずお熱いわね」
「誰のせいだと思って、」
「レーイ、こっち向けよ」
ルナなんか見ないで、俺を見て?
囁く口元はもう触れている。肌がぞくりと粟立つ。



あの薬は自白剤ではなかった。積極的になれる魔法の薬、意味は違えていなかったが、相手を選べないようだ。
所謂惚れ薬。メイリンが一体どういった経路で入手したかはわからないが、効果はかなりのものだ。




ひっついてくるシンを押し退け、ルナに問う
「持続時間はわかったのか」
「2、3滴で1時間らしいからー、あの量だと…1週間くらい…?」
「1週間……」
長いな…、果たして何事もなく終えることができるだろうか。

「レーイー」
後ろからぺたりと張りつくように抱きつくシンにこれからの1週間を思って大きな溜息が漏れた。









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