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散るのには、まだ早い



泣けない、涙が出ない。


今日は卒業式。
和さんたちが卒業して行ってしまうと言うのに何故だか実感が湧かない。
卒業式後半の先輩方の涙を見ても泣けなかった。



卒業式が終わり、部室での送別会。
みんな他愛ないことで笑いあっていた。慎吾さんが迅に絡んで、山さんは竹に絡んだりしてた。
本当にこれで最後なんて感じがしないくらいにみんなで笑って。


「……和さんたちと、これでお別れなんですよね…」
「ばっ、馬鹿利央!!」


一人俯いた利央の頭をそれは禁句だろうが!と迅が叩く。
本さんがそれを止めさせ、竹がそれを弁護するように口を開いた。


「…だから…だからこそ、笑おう」
「さっすが竹〜いいこと言う〜」


山さんが笑って、その後はまた同じようにみんなで笑いあった。
あの鬼のような監督が泣いた時は利央と一緒に鬼の目に涙ってこういうことを言うんだ、なんて関心してたらやっぱり予想通り監督に怒鳴られた。



そうしている内に送別会が終わり、いつもの帰り道。和さんが隣にいるいつもの。
まだ肌寒い道。真っ青だった空が赤みを帯びて、まるで早朝のような妙に短く感じるいつもの道。


俯きがちだった顔を上げるといつの間にか前を行く背中。その背中に途端に込み上げてきた気持ち。視界が歪む。
ヤバい、何泣いてんだ。俺…。


『これでお別れなんですよね…』


送別会の時の利央の言葉が胸を掠める。
別れたくない…。
自分の頬に涙が伝うのがわかる。
泣くな、泣くな泣くな。今、泣いたら和さんに気づかれる。


「どうした?」


和さんに気づかれないように涙を拭っていたのにその事に気付き、困ったような笑顔を向けてくる和さんの優しさが痛い。
ふと、繋がれる手。その手の大きさによみがえる二年間。
離れたくない…。


「また、会えますよね?」
「今度は甲子園行ってくれよ」


甲子園…。
その言葉に今まで必死に堪えていたものが溢れ出た。


「…っ、ど…どこに…投げればいいんすかっ…か、和…さんが、いないのに…っ」
「……準太……」


そんなこと言ってはいけないとはわかってる。
和さんは優しいから……これ以上困らせてはいけないのに。
言葉が、想いが、溢れ出て止まらない。


ふわ、と体が抱き寄せられた。ぽんぽんと肩を優しく叩かれる。
和さんの胸の鼓動が心地いい。俺の涙が和さんのシャツに染みを作っていく。
このまま和さんの一部になれればいいのに。
徐々に苦しかった呼吸が楽になっていく。
そして、繋がれた手が、体が離れる一瞬。



「好きだ」



耳元で低く囁かれた声に、目を見開いた。
涙が落ち、声が、息が詰まる。
言わなきゃならない言葉があるのに…。
しゃくり上げた俺の肩をまた和さんが優しく叩く。


「……和さん、言うの遅すぎっす…」


やっとのこと出したのは、嗚咽混じりの掠れた声。
顔を上げると恥ずかしいのか上を向き、頬を掻きながら俺に見られないように俺の頭を撫でる和さん。


「言わなくてもわかってると思って」
「わかってましたよ、和さんは俺の女房なんですから」
「そこは旦那って言っとけよ」


頭を撫でる手を取ると涙を指先で掬い、笑顔で見下ろしてくれる和さんに俺も笑顔で返す。


「じゃあな」
「和さん…さよなら…」


別れ道。
さよなら、という言葉を自分から言うのは悲しかった。だが、和さんは苦笑しながら俺の言葉を訂正する。



「準太…またな」
「…っ、はい。またっ!!」



その大きな背中が見えなくなるまで手を振り続ける。
そこにあったのは悲しさとそれ以上の幸せだった。




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あきゅろす。
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