[通常モード] [URL送信]
TOW3別設定・27




唖然と言うべきか呆然と言うべきか。
とにかく目の前で思いっきりキスをぶちかましてくれたユーリの行動に、硬直しきっていたアッシュが時間差で怒鳴り散らして机をぶん殴ったことに、にっこりいい笑顔でアンジュが説教をし始めたのだが、まあ仕方がないことだろうとシュヴァーンは苦く笑いながら眺めていた。
顔を真っ赤にしているアッシュとしては、全く考えてもいなかったことなのだろうが、正直言ってしまうとシュヴァーンから見ればああやっぱりな、と思うところであり、それ以上のことを『レイヴン』はやらかしてしまっているから、なんとも言えないものがある。
上辺だけの綺麗事しか見せられていなかった、王子と、そしてこの場には居ないが、王女だった。
かつてのオールドラントの話など関係無く考えたとしても、身内のことも碌に知りもしなかった、知ろうともしなかったその姿勢の中で、今になって知った事実は、あんまりにも受け止め切れないものなのだろう。
目に見えるものだけを鵜呑みにして、盲目的に信じて、きちんと向き合っていなかった結果が、これだ。
シュヴァーンの脳裏に過ぎるのは、いつだってあの白いシーツを被った、朱色の髪の、白皙の子ども。
生まれたままの姿で、差し伸べてくれた小さな細い手を、扉の向こうへと押しやった時のあの絶望とすらも言える感情を、彼らは知らないのだろう。
一度だけ振り返ってこちらを見たその唇が、象った言葉が恨み言であれたのなら、素直にシュヴァーンだって『レイヴン』だって、『ダミュロン』だって、その手を掬ってやれた筈だ。
酷い話だ、本当に。
子どもは笑んでいた。
絶望へと背を押したシュヴァーンに、『ありがとう』と言って、笑っていたのだ。


「……青年が失敗したら、後がないかもしんないわね」


独り言のつもりで呟いた言葉に、けれどアッシュが親の仇でも見るような目で睨み付けて来たのだから、シュヴァーンはアンジュももっと説教してくれたら良かったのに、と思いつつ、苦く笑うしかなかった。
どういうことだ、と。
口にせずとも言いたいことは伝わって、分かりやすい奴だと思う反面、その姿勢は今更だろうと少しだけ、思ってもみたりして(言ったら誰に怒られるか分かったことではないから、言えやしないが)。


「いやいや別に?こっちの話。それよりどんだけ腹が立ってても、聞き耳立てるなんて真似はしない方がいいんじゃない?多分、聞こえるから」
「は?!」
「青年手が早いよー?ここでベロちゅーしてったし…ねぇ?」
「−−−っ屑がぁああああ!!!!」


そう怒鳴り散らして、顔を真っ赤にして出て行こうとしたアッシュをちょっとだけからかい過ぎたかとシュヴァーンは思ったが、扉を開ける前にまさかのエステルが飛び込んで来て、出て行く寸前だったアッシュを壁にめり込む程弾き飛ばすとは、流石に思ってもいませんでした。


「何があったんです皆さん!!ユーリがルークをお姫様抱っこしてたです!一体何が起きたんです?!」
「シュヴァーン隊長!!どうかご説明を…!!」


わけの分からぬまま部屋を追い出されて来たらしいエステルとフレンに、にっこりと微笑んでその後ろをジュディスも着いて来たのだが、この面子でまさかどう説明しろと、とシュヴァーンは自分の顔が引き攣るのが分かった。
壁にめり込んだアッシュにもうちょっと誰かしら気付いてあげようよ、と思いはしたものの、哀れに思ったらしいクラトスが無言で治癒している辺り、何とも言えない話ではある。


「……とりあえず半日は近寄んない方が、身のためかもね」


本当は失敗するとは思っていないし、ユーリならば上手くやると信じているが、何があるか分からないこと。世の中に絶対と言うことはないことを、シュヴァーンも『レイヴン』もよく知っていたのだ。
顔を真っ青にしたフレンや首を傾げるエステル達を横目に、シュヴァーンは苦く笑いながら、説明するべく、口を開く。

身勝手だと承知で、頼んだよと心の中で、呟いた。
でないとこれからも、シュヴァーンは『レイヴン』には、戻れそうにないのだから。



* * *



国の為だとその身を捧げられていた彼が、あんな稚拙なキス一つで抵抗しなくなると思っていなかったと言うのに、部屋へ連れて行っても、ベッドに横たわらせても、子どもは口を開こうとしなかった。
だからと言って落ち着いたかと言えば、決してそんなことはない。
ぼんやりと天井を映す、翡翠色の瞳。
−−−その瞳は、焦点が合っていなかった。



「ルーク」


名を呼べど、何の反応もしないルークに、ユーリは馬乗りになって、視線を固定すべくその両頬に手を添えた。
瞳に黒が混じる。
目の前の人間が見えている筈なのに、それを本当に『ユーリ・ローウェル』と認識しているかどうかと言うのは、怪しいのだろう。
『アッシュ』でないと認識しないのかもしれない。
確かにそう思いはするけれど、ルークはそれでも『ユーリ』を呼んだのだ。
そこに、賭けたい。


「ルーク」
「……ぁ、」


何度も何度も。
間近で名を呼べば、ようやく目の前に『誰か』が居ることは理解し始めたのか、小さな呻き声と共に、その瞳に怯えが確かに混じった。
指先がピクリと跳ねる。
正気と狂気とが混じったそこでは、現実を見たくないと、拒絶でもしているのだろうか。


「ぁああああああッ!!!!」


目を見開いて叫んだルークに、それでもユーリは、顔を逸らすことだけは許さないと、頬を包む手を離そうとはしなかった。
意味を成さない叫び声の中に、離せ!と拒絶の言葉が混じる。
至近距離のまま、ユーリはただルークの名を呼んだ。
違う、違う!といくらルーク自身が否定しても、何度でも、繰り返す。


「ルーク、俺が分かるか?ルーク」
「ぁ、あ、あ…」
「今、お前の目の前に居る奴の名前、言ってみろよ。ルーク」
「違う違う!!ルークじゃない!俺は、おれは…っ!!」
「違わない。俺はお前のことをライマ国のルーク・フォン・ファブレだって聞いた。初めて会ったのは、アドリビトムに入ってからだった」
「ぁ…、らい、ま…?あど、り…?」
「そう、俺が会ったのはルミナシアに存在する、ライマ国の、ルーク・フォン・ファブレだ」
「るみ、な、し…あ…」
「俺が分かるか?ルーク」


狡い言い方だとは思ったが、他に言葉も浮かばなかったので怯えるルークにユーリがそう聞けば、ルークは何度か鸚鵡返しをしたあと、やがてさ迷わせていた視線を真っ直ぐに合わせて、言った。


「ゆー、り…?」
「そうだ。それでルーク、お前は今どこに居る?」
「…バンエルティア号…っアッシュ!アッシュは?!アッシュはどこ?!ユーリ!!」
「アッシュは居た。確かにここに来ていた。だがルーク、何でそんなにアッシュに会わなくちゃいけないと思ってるんだ?」
「違う!だからルークは、アッシュの名前で…っ」
「オールドラントの『ルーク』は『アッシュ』に名前を返しただろ?俺は、ルミナシアのルークがなんで名前を返さなくちゃいけないのかを、聞いているんだが」
「……ぇ?」


問えば、その時に初めてルークが怯えではなく、別の反応を示した。
目が泳いで、まともに視線を合わせられないその姿は、先程までよりもずっと正気に近い。
その反応にユーリはふ、と目を細めて笑い、唇に触れるだけのキスをしたあと、頬に添えていた手を離して、体勢を入れ換えてやった。


「…ふぁっ?!」


驚いて発したその声が酷く新鮮で、いつものようにからかってやるのも良かったかもしれないが、その術は取らないでユーリは仰向けに寝転がった自分の体の上に、ルークをうつ伏せにして抱きしめた。
頭を胸元に寄せてやって、心音を響かせる。
それは酷く幼い、けれど優しい術だった。
言葉で伝えるよりも確かに語りかける、沁み透っていく、音色。


「アッシュが、大体は話して行ったな。だけど正直言ってかつての話を聞かされても俺にはピンと来ないし、結局は物語を聞いてる気分にしかなれねぇんだよ。それでも、お前がアッシュに名前を返すからって必死になったのは何か違うと思う。賛同出来るかって言ったら違うが、お前、きちんと弟…いや、兄貴のことちゃんと考えてたじゃねーか。なのになんで、あの『アッシュ』しか考えられなくなった?」
「…それ、は…」
「お前の兄貴は、やっぱり自分の求める『アッシュ』じゃないって?」
「違う!そんな風に思ってなんかない!!」
「なら、何がお前をそうさせるんだ?なあ、ルーク」


否定すべく、胸に寄せていた顔を上げたルークに、なるべく優しい声色で、朱色のその髪を梳いてやりながら、ユーリはそう言ってやった。
翡翠色の瞳が揺れる。
ギュッと唇を噛み締めたルークの、その唇を指先でなぞってやりながら、「俺はオールドラントに生きた人間じゃないから、言えよ」とそう重ねてすら聞いた。
狡い聞き方だと、そう確かな自覚が、あったとしても。


「言ってみろよ、ルーク。話していいんだ。なんだって、聞くから。お前が何を言ったって、俺はお前を離さないから。言えよ、ルーク」


見捨てられるのが怖いのだろうと、そう思って言えば、案の定泣き出しそうに顔を歪めたあと、ルークは今度は自ら胸に顔を押し当てて、本当に本当に小さな声で、言った。



「…かえらなかった、から。…おれ…みんなのところに、かえらなかった」
「……帰れなかった、じゃなくてか?」


聞いていた話を思い出しつつ、照らし合わせてそう聞いたのだが、しかしルークは顔を押し当てたまま、それでも確かに、首を横へと振った。


「違う。帰らなかった、俺、本当は…本当は、ローレライが、俺とアッシュを、2人共帰すことが出来るって言って、くれて…でも、でも…っ!」
「落ち着け、ルーク!ゆっくりでいいから…っ」
「生きたかった!それは本当のことだ!死にたくなかった…死にたくない…っ、俺は、まだ生きていたかった!だけど…だけど!!」


過ぎったのは、澱んだ空と、濁った瞳で見ていた、一万の同胞の姿。
青い空は思い出せなかった。
死んでくれと、死を望んだ被験者の姿しか、浮かべれなかった。
それが、仲間の姿だった。



「どうせまたああなったらレプリカを殺す癖に!死んで下さいって言って、また被験者よりもレプリカだって言って、殺すつもりな癖に!!上辺だけ取り繕って!居場所何も与えないままレプリカを消費だって、道具扱いから改めない癖に!!また簡単に死ねって言う癖に…っ!!そう思ったら…怖くて、怖く、て…また被験者の代わりに死ななきゃいけないのかなって思ったら…帰りたいなんて思えなかった…帰れるのに、帰らなかった…かえらなかったんだ…っ」



「ごめんなさい」と。
そう言って泣きじゃくる子どもを、寄ってたかって追い詰めて殺した世界に、まさか帰って来る筈がなかったのだ。




--------------





…………いろいろとすみませんでした(滝汗)。





あきゅろす。
無料HPエムペ!