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TOW3別設定・20




多分、その最初は、憐れみだとか同情でしかなかった筈だ。
大人の身勝手さに振り回された、子ども。
薄汚れた世界に落とされても、輝きを失うことのない純粋なあの翡翠の瞳に、願えば必ず助けるとそんな受け身の約束したのは、己もまた、そんな身勝手な大人の1人だったからで。


「ありがとう、シュヴァーン」


花の綻ぶように笑ってくれた。
あの子どもの笑顔が、頭から離れてくれない。



* * *



まさか抱き抱えて帰って来るとは思ってなかった、とそんな感想が、待機組どころか当人以外全員の心境だったりもしました。


「ルーク!ユーリ!大丈夫ですか?!」


アルトリアを脱出してバンエルティア号へ帰った直後、すぐに出発して空へ逃げるとは聞いていたが、まさかのルークをお姫様抱っこをして逃げ帰って来たユーリに、やはりと言うべきかなんと言うべきか。
一番出入り口の扉付近に近く立っていたエステルが心配そうに、慌ててそう声を掛けたことに、ユーリは大丈夫だと返事を返そうとしたのだが、それよりも先にルークが下ろしてくれと訴えたから、多少名残惜しく思いつつも、足先からそっと床に下ろしてやった。
その頃には呆然とするばかりだった周りもハッと我に返れたようで、心配だったと駆け寄って来たエステルを皮切りに、クレスやロイド、コレット達も駆けて来る。
俯きがちに顔を伏せているからルークの表情は分からなかったのだけど、やがてホールの喧騒にライマ国の連中も姿を見せた時、顔を上げて真っ直ぐに前を見据えたから、戸惑ったのは何一つ口を開いてもらえなかったエステル達だけの話ではなかった。
ろうかん翡翠の瞳が、ただ真っ直ぐに、前を見据える。
雰囲気が違う。
我が儘お坊ちゃんだとか、傲慢だとか自分勝手だとか、そんな態度はどこにも無い、凛としたその姿に呑まれたのは居合わせたメンバーのほとんどで、やがて視線を向けられたアンジュでさえも、息を呑む程であった。


「アンジュ、頼みがある。…いや、アドリビトムに依頼がしたいんだ」
「え?」
「今すぐライマに向かって欲しい。そしてアドリビトムで、アッシュとナタリアを必ず護って貰いたい」
「ちょっと待って下さい、ルーク!一体どういう…っ」
「てめぇ!いきなり居なくなったと思ったら、一体何考えてやがる!!この屑が!」


わけが分からないと言ったエステルに、しかしいきなりのことに黙っていなかったのは案の定と言うべきかアッシュで、エステルを押し退けてルークに掴み掛かるなりそう怒鳴ったのだが、ルークは表情すら変えず、また声を荒上げることもせず、動じることもないままそっとアッシュの手を解いた。
そのことに呆然としたのはアッシュの方で、こんなルークは知らない、と表情から伺えることが出来るが、このルークの態度に付いて行けていない面々がほとんどで、まさか容易に口を開くことは出来やしない。
けれどだからと言ってこのまま「はい、分かりました」と受け取るわけにもいかず、努めて冷静にアンジュは「どういうこと?」とそうルークに聞いた。
無事を喜んでいた雰囲気など、今はこのホール中のどこを探しても、無くなっていた。


「アルトリアの目的はライマを滅ぼすことだけじゃない。ライマの上層部を殺した上で、アドリビトムに居るアッシュとナタリアも殺すつもりなんだ」
「!!」
「あの人達はその為なら手段を選ばない!時間がないんだ。…俺はライマへ戻る。みんなは、ここでアッシュとナタリアを護って欲しい。−−−シュヴァーン!」


あまりにも衝撃的な事実に、周りがまだ受け止め切れていないにも関わらず、ルークが聞いたこともないような誰かの名前を叫んだから、これには思わずユーリも顔をしかめてしまった。
ちょっと一回止まれよ、と言ってやりたい。
けれど『シュヴァーン』と言う人物を呼んだにも関わらず、前へ進み出たのは傍観を決め込んでいた筈のレイヴンだったから、余計に困惑して、言えなかった。


「……おっさん、そういうつもりであの約束をしたわけじゃなかったんだけどねぇ…」
「約束は約束だろ?シュヴァーンとして、アッシュとナタリアを助けてくれ」
「−−−御意のままに」


そう言って、騎士のように膝を着いて礼を払ったレイヴンに、目を見張ったのはフレンとアスベルの方だった。
信じられない、とばかりに呆然としている2人のことを気になりはするものの、しかしそんな場合じゃないだろと、ユーリはルークの肩を掴み、無理やりにでも顔を合わさせて、ようやく言った。


「おい待てよ、ルーク!それでライマに戻って、一体お前はどうするつもりなんだ」


当然の疑問だろうその問いに、しかしルークは何か動じることもなく、あっさりと答えた。


「戦争に出る」
「………は?」
「あの人達は俺を殺せない。それなら、俺が戦争に出ればそれでいい。ライマの被害は幾分か抑えられる筈だ」
「なにバカなこと言ってんだ!お前にそんなこと出来るわけ…っ」
「他に手段はないんだ!あの人達が俺を殺せないと言うなら、前線に出ることだって俺は…っ!!」


「悪いけどそんなことはさせないよ、ルーク」


会話に割って入ったその聞き覚えのない声に、瞬時にルークがアッシュを背に庇ったことにも驚いたが、第三者の声がしたことに、誰もが驚きを隠せなかった。
振り返れば、そこに在ったのは、緑色。
おいおい、この船は空を飛んでるんだけどな、と軽口を叩くことが出来れば、どれだけマシだったことか。


「……シンク」


呟くように名を呼んだルークに、シンクと呼ばれた少年は飄々とした雰囲気を崩さなかったのだが、あのクラトスですら剣を構えさせない程の、確かな実力差が、そこには在ったのだ。



* * *



「たっく、あのバカ兄貴が壁に大穴開けてあんたを逃がしたと思ったら、まさかこっちに戻るんじゃなくてライマに戻るとか…このこと、あのアホ皇帝とかが知ったらどう思うんだろうね?少なくともアリエッタは泣くと思うよ?そんなつもりで、力を貸したわけじゃないですってさ」
「……陛下が考え直してくれたら、アリエッタが泣くような羽目になるとは、思わないんだけど?」
「それこそバカ言わないでよ。あのブウサギ皇帝、その気になったらまた地図上に三カ国しかない、なんてことも出来るような本物のバカだよ?アルトリアとダアトとライマとか平気でやるって。その場合、ライマを統べるのはあんたになるわけだけど」
「シンク!俺は…っ!」
「まあ無理だと思うけどね。それよりも、あんたがあの皇帝の隣に座る方が早そうだし。議会すんなりと通ると思うよ?式挙げるなら食事は食べたいから僕も呼んでね。おめでとうとは言ってあげるから」


盛大に話が逸れつつあることに、ルークが「なに言ってんだよシンク!!」と叫んではいたものの、それでもアッシュを背に庇ったままだと言うことが、全てだとは思った。
シンクは動かない。
動かないからこそ、ユーリとしては全く何も出来ずにいるのだが、だからと言ってシンクが動いたりしても、そこで終わりだとしか、思えずにいた。


「で、アルトリアに帰るつもりはないわけ?ルーク」


そう聞いたシンクに、ルークは睨み付けるように見たまま、はっきりと「帰るつもりはない」とそう言った。
敵国であるアルトリアに「帰る」とはどういうことだ?とそんな疑問を浮かべたのはユーリだけの話ではなかったが、口を挟める筈もなく。


「陛下がライマを滅ぼすつもりなら、俺はあそこへ帰るわけにはいかない。こんなこと絶対におかしいんだ!だから、俺は行くよ。戦争が止められないなら、俺が戦争に出る。もう誰も、死なせたくないから」
「…ふーん。ま、僕がここで何を言ってもあんたが止まらないのは分かってるけどさ。1つ教えてあげるよ」
「……?」
「そんな回りくどいことやらなくても、ここで僕が燃え滓と姫を殺せば、アルトリアは止まるんだよ」


言うなり、拳を握り締めて駆け出したシンクに、咄嗟の反応をユーリも含めてアドリビトムの面々は何も出来なかったのだが、瞬時に剣を抜いたルークが、自分自身の首に突き付けたことには、誰もが驚きを隠せずにギョッと目を見開いていた。
これにはシンクですらも、動きを止めざるを得ない。
背にアッシュを庇ったまま、ルークは喉元を多少斬っていることも厭わずに、一切の躊躇なく、そうしたのだから。


「…………何のつもり?」
「シンクがアッシュを殺すって言うなら、その前に俺が死ぬ。俺が死んだら、アッシュを殺す理由なんてなくなるだろ?シンクはアッシュを殺せない。俺が殺させない。たとえ死ぬことになっても、アッシュが生きるなら、それで構わない。アッシュは俺が護る。諦めてくれ、シンク」


真っ直ぐに見据えて言うルークの言葉に、「本気?」だとか「どうせ口先だけでしょ?」だとか言うかと思ったが、しかしシンクはあっさりと構えを解いていた。
酷く痛ましいものを見るような、どこか辛そうに顔をしかめて、踵を返す。
ルークは首に剣を突き付けたままだった。
多少刃を、食い込ませてすらいるから僅かに血が溢れて、そのことに庇われたアッシュが顔を真っ青にしていたのだが、誰も何も言えなかった。


「…………ここは僕が引くよ。でも、このまま帰ったら僕があの皇帝に殺されるからね。改めてまた、あんたの気持ちを聞きに来るから」
「…シンク…?」
「帰るよ。さっさとしてよね、死神」


背を向けたまま言ったシンクの言葉に、どういうことかと困惑したのはユーリ達の方だったが、その『死神』とやらに覚えがあるのか、ルークは目を見張って小さく「まさか」とそう呟いた。
すればホールのこの雰囲気を無視して、ぎゃあぎゃあと喚く声が、聞こえて。


「死神じゃなくて薔・薇!薔薇のディストだと何度も言ってるでしょう!シンク!」
「はいはい、あんた今はディストじゃなくてサフィールでしょ?さっさと行くよ」
「それはそうですけど…私はいろいろ抱えているんですよ!少しは労りなさい!!」


キィーッ!!と喚いて現れた銀髪の男に、まさかバンエルティア号の中に侵入されているとは思っていなかったからこそ何人かが思わず武器を構えたのだが、なぜシンク相手だと身動ぎ1つ取れなかったのにこの男相手ならば大丈夫なのか、と言うことは気にしないことにした。
そんなことよりも男がなぜ浮遊椅子に乗っているかの方が気になるし、そこにチャットとマオの姿もあるのだから、黙っていられる筈もなかった。


「あなた!チャットとマオを離しなさい!!」
「安心しなよ。危害を与えるつもりはないからさ。保険だよ。もう一度聞く前に、ルークが本当に戦争に出たらこっちとしても洒落にならないからね。必ず、と約束するよ。無事にあんた達の元には帰す」
「ニアタ、と言う存在もお借りしますよ。では、御機嫌よう」
「そんな…っ!待って!」
「チャット!マオ!ニアタ!」


問答無用とばかりに去って行ってしまった2人に、結局はほとんどの人間が呆然としたまま見送ることしか出来なかったのだが、膝から崩れ落ちるようにその場にへたり込んだルークに、動いたのはユーリだった。
ようやく剣を離したルークと視線を合わせるように屈んで、そして。


「お前、今自分が何をやったのか、分かってんのか?!」


パンッと。
小気味良い音を立てて頬を叩いてから言ったその言葉に、「ユーリ!」と非難めいた声を上げたのはエステルだったが、そんなことは構っていられないとユーリは真っ直ぐにルークを睨み付けた。
自分の命を、顧みもしなかった、行動。
あんなことは止めろと。
自分の命をあんな風に扱うのは止めろと。
そういうつもりで、ユーリはルークを咎めたのだ。
それなの、に。


「そっか…首なんか本当に斬ったら、チャットの大切な船を汚して、みんなに迷惑かけちまうもんな。本当に、ごめん…」


心底申し訳なさそうに言ったルークの言葉に、血の気が引いたのはユーリだけの話ではなかった。
思考回路が、上手く働いてくれない。
そういうことを言いたいわけじゃないのに。
一体いま、ルークは、何を言った…?


「とにかく、みんな一度落ち着きましょう。食堂であったかい紅茶でも飲んでから、ルークの話を聞く。分かった?」


そう声を掛けたアンジュの言葉も碌に聞けないぐらいに、ユーリはいま聞いてしまったルークの言葉を、必死に否定するしかなかったのだ。


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真のヤンデレはむしろルークな気がしてきました。
もっといろいろ詰め込みたかったんですが、文字数制限が憎いです…orz






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