小説(R指定なし) 10 「なかなか美味しいですね。この蕎麦。」 嬉しそうに蕎麦を啜る新伊に、私の悩んだ時間はなんだったのだろうと肩すかしを食った気分になった。 「おっ、ここ三岳も置いていますよ。お酒の種類も多いみたいだし、今度は夜に来てみましょうよ。」 誰だ避けられているなんて思ったのは。 始終笑顔で話しかけてくる新伊に自分が落ち込んでいたのがバカみたいだ。 だから思い切って聞いてみた。 「ねぇ、この前休日に会った時一緒だった女性って…。」 言い淀んでいると、いつものように眉間に皺を刻み嫌そうな顔をする。 あれ。やっぱりしつこく言いよってくる女の1人だったのか。 そう思っていると意外な答えが帰ってきた。 「あぁ。美術館近くで会った時の話ですか。姉ですよ。前にも話しませんでしたっけ。高岡さんと同い年の姉が居るって。」 その言葉に私は目が点になってしまった。 「へっ!?お姉さん?せめて妹じゃなくて?」 私の言葉にせめてって何ですかと笑っている新伊。 それでも驚きは収まらない。 だってどう考えても20代前半にしか見えなかった。 確かに着ている服はとてつもなく高級そうだったが、あの肌のツヤで同い年だと言うのか。神様酷い! 「僕が老けて見えるって言いたいんですか。」 失礼だなぁと笑っている新伊。 別に新伊が老けている訳ではなく、お姉さんが若過ぎるのだと言いたいのだが、驚きで口をパクパクと開け閉めをするだけで言葉が出てこない。 「あの日も大量の買い物に付き合わされて、大変だったんですよ。退屈な毎日に嫌気が差したってもう2週間以上も家に居着いてるんです。正直うんざりしてます。旦那さんも姪も帰ってきて欲しいと言ってるのでいい加減帰って欲しいんですけどね。」 はぁ。と疲れた顔をすると、化け物が帰ったらまた飲み付き合ってくださいねと、力なく笑う新伊にやっと真相が掴めた。 「そっか、お姉さんだったんだ。」 思わず安堵の声が漏れてしまった。 それにしても2週間も子供と旦那を放置して遊ぶ主婦ってどうなんだろう。 話を聞くと家事も全てお手伝いさんがしているようだし、やる事と言えば、料理かお稽古、ママ友とのお茶やお食事会、子供の習い事の送り迎えくらいだとか。 何それ、既婚の友人たちと大違いの生活じゃないか。 そりゃ暇でしょうよ。 だからって新伊の家に2週間以上も。 一体どんな生活をしているんだろう。 目の前の男前の焦燥具合から、かなり奉仕していそうだけれども。 …ヤバい、気になる。 「また、何か悪巧みしてますか。変な笑み浮かべてますよ。」 引き攣った笑みを浮かべる新伊に、女性に顔が変だとはなんだと噛み付きながらも、久しぶりに晴れやかな時間を迎えていた。 この後の仕事が捗ったのは言うまでもない。 もちろん、財布も何も持っていない私のお昼代を払ってくれたのはイケメン新伊。 でもこの時の私はすっかり忘れていた。 一週間前に約束した友人との言葉を。 [*前へ][次へ#] [戻る] |