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勘違いは正せない
9
予想外の謝罪に僕は困惑した。
なぜ僕と藤堂が付き合っていることが芹沢さんと関係するのか全く分からなかった。

「え、いや、芹沢さんは全然悪くないですよ」
「いや、俺がもっと早く樫原の気持ちを受け止めていれば……」
「僕の気持ち?」

悔やむように言う芹沢さんの言葉に、僕は首を傾げた。

「別に同性愛者に偏見があるわけじゃない。でも、やっぱり俺にとって樫原は気の合ういい後輩で、そんなお前を恋愛対象として見ることはできなかったんだ」
「え! い、いや、ちょ、ちょっと待ってください!」

至極申し訳なさそうに話す芹沢さんに、僕は思わず大きな声を上げた。

「え、ぼ、僕の気持ちって、え、っていうか、恋愛対象って……」
「樫原の言動の端々から薄々は感じていたんだ。ただ、俺には彼女もいたし、男同士というのはやっぱり抵抗があって……」

自分の不甲斐なさを恥じるように目を伏せる芹沢さんに冗談の類は全く感じない。
彼は本気だ。
本気で、僕が自分のことを好きと思い込んでいる。
ど、どうしよう……。
勘違いは勘違いだが、藤堂のように傲慢さがなく、むしろ自責の念に満ちたそれは、藤堂のような不快さはない。
そんな勘違いをさせてしまってこっちが申し訳なるほどだ。
早く彼の誤解を解いて、自責の念から解放してあげなければと思い口を開く。

「あ、あの、僕は確かに芹沢さんのこと先輩として好きですが、別に恋愛感情で好きなわけじゃないから本当に気にしないでください」
「そんな気遣いはいい。俺が樫原の気持ちに気付かない振りをしなければ、樫原も自棄になって藤堂なんかと付き合うこともなかっただろうに……っ。すまない、俺のせいだ」

芹沢さんが再び深く頭を下げる。
勘違いというものは強固なものらしい。
事実なんてものは勘違いを前にすれば容易く折れ曲がるようだ。

「取り返しのつかないことになっていることは分かっている。でも、俺は樫原を救いたい。だから、今更だけど、俺と付き合おう、樫原」

僕は目を見開いた。
顔を上げ、真っ直ぐとこっちを見据える芹沢さんの目は真剣そのものだった。
まるで結婚を申し込むくらいの真面目で誠実な言い方だ。

「え、いや、本当に僕のことは気にしないでください。というか、芹沢さんには彼女がいるじゃないですか」
「彼女とは昨日別れた」
「え!?」

衝撃の事実に思わず声を上げた。

「いや、それはあまりに彼女さんが可哀想でしょう……」
「分かっている。彼女にはひどいことをしたと思っている。でも彼女ならきっと他にいくらでも素敵な人が現れる。でも樫原は藤堂に引っ掛かるくらいだから……。俺もいい人間とは言い難いが、藤堂よりはマシな自信がある。惚れさせてしまった以上、責任を取りたい」

なんて誠実な勘違いだろう。
思わず感心してしまう。
しかし勘違いには変わりない。
どうこの勘違いを正すべきか考えあぐねていると、芹沢さんが眉根を寄せた。

「樫原、迷っているのか? 確かに藤堂のような奴でも付き合っていれば情が湧くのは分かる。だが、いつまでもズルズルと関係を持つのはよくないことだと思う。それに藤堂には……本命の彼女がいるようだし」

気遣わしげに芹沢さんが言った言葉に、ハッとした。
確かにこうしていつまでも藤堂と関係を持つのはよくないことだろう。
彼に愛はないとは言え、美紀への裏切りには違いない。
藤堂の根強い勘違いを正すのが面倒で、ズルズルと付き合っていたが、そろそろ関係を断つべきだろう。

「……そうですね、いつまでも付き合うのはよくないですよね。背中を押してくれてありがとうございます」
「いや、俺は別にただ樫原を救いたかっただけだから……」
「あと芹沢さん、僕は本当に芹沢さんのこと恋愛対象として好きなわけではないので、気にしないでください。今ならきっとまだ彼女さんと仲直りできますよ」
「え、いや、でも樫原……」
「ありがとうございました」

立ち上がって頭を下げ、僕は店を後にした。
外は冷たい風が吹き荒んでいて、僕は肩を窄めた。
美紀に会いたい。
無性にそう思った。
彼女の顔を見たら、この面倒くさがりな意気地なしの決意もしっかり固まるだろう。
今日は美紀はバイトだ。
彼女の店に向かって僕は足を進めた。

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あきゅろす。
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