[携帯モード] [URL送信]

勘違いは正せない
10

*****

決意した翌日、僕が藤堂と連絡を取るより先に、また芹沢さんから呼び出された。
場所は昨日と同じ喫茶店だ。
昨日と同じく店にはほとんど人がいない。
ただ昨日と違うのは、芹沢さんの前の席に今までにないくらいの機嫌の悪い藤堂が座っていたことだ。
面食らう僕を見つけると、芹沢さんは鷹揚に手を振り、藤堂は立ち上がった。
そして僕がテーブルの前に着くやいなや胸倉に掴み掛った。
人を軽く二、三人は殺していそうな凶悪な顔が僕の目の前まで迫って来たので思わず息を呑んだ。

「おい! どういうことだよっ、俺と別れてこいつと付き合うって!」
「え!」

驚いて芹沢さんの方を振り向く。
芹沢さんは得意気な笑みを浮かべて言った。

「俺が先に話しといた。樫原は嫌なことは後回しにするタイプだし、それに二人きりで別れを切り出して樫原が危険な目にあったらいけないと思って」

善意の塊そのものなのだけど、今、この状況では余計なお世話以外の何ものでもない。

「おいっ、本気なのかよ! この根暗ビッチ野郎!」

藤堂にガクガクと胸倉を揺すられる。
ぐわんぐわんと揺れる頭で考える。
勘違いと勘違い。
どちらを否定しようと見えない真実。
真実はどちらにもないから選択が難しい。
でもこれは藤堂と関係を切るいいチャンスかもしれない、とふと気付く。
芹沢さんの言うことは一理あり、二人きりで別れを切り出すのは危ない気がする。
そして好きな人が出来てから別れよう、という真っ当な別れの理由も準備されている。
藤堂の根強い勘違いを一から正すより、嘘で全てを壊してしまった方が手っとり早い。
芹沢さんの勘違いには拍車を掛けてしまう結果になるが、元は常識的な人だし、話を続ければ誤解も解けるだろう。
ここはひとまず、芹沢さんの勘違いを利用させてもらおう。
大きく息を吸って口を開く。

「じ、実は、その通りなんだ! 芹沢さんと、つ、付き合うことになったんだっ」

胸倉を揺らす手がピタリと止まった。
しかし数秒の沈黙の後、胸倉を掴む手にさらに力が入った。
首の回りが少し締まり、僕は顔を顰めた。

「ちょ、く、苦しい……」
「お前、あれだけ教えてやったのにまだ分かってないみたいだな」

低い声と共に、怒りに満ちた鋭い視線を寄越され僕はごくりと唾を飲み込んだ。
凶器にすらなり得るその鋭さに、思考が止まる。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!