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勘違いは正せない
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『勘違いは正せない』


「そんなに好きなら付き合ってやってもいいけど」
「……え?」

そう不遜に言い放った藤堂の言葉に、僕は耳を疑った。
そんなに好きなら? 誰が? 誰を?
付き合ってやってもいい? なぜ承諾の形なのか?
というかこの言葉は僕へ向けてのものなのだろうか?
僕の聞き間違えか、もしくは他の誰かに言っているのか。
あるいは大きな独り言か。
ゼミ室にいるのは僕と藤堂だけなのだから、言葉の内容を別にすれば僕に対する言葉で間違いないのだが、どうもそうとは考えられない。
あらゆる可能性と疑問でいっぱいになった頭はしばらくフリーズして動かなかった。

動かない頭で考えたって仕方ないので、とりあえずパソコンから目を離し、彼の方へ振り向いた。
藤堂は僕から少し離れたゼミ室の書棚の前に立っていた。
よく女の子たちに「ハーフみたい!」と甘い声で絶賛されるその整った横顔は、棚に並ぶ背表紙を無表情に眺めているだけで、こちらなど少しも見ていない。
なんだ、やっぱり僕の聞き間違えか。
とんだ聞き間違えをしたものだと苦笑しながらまたパソコンの画面に向かおうとすると、

「おい、人の話を聞いてるのかよ」

鋭い声に呼び止められ、僕は再び椅子を回して彼の方へ向いた。
今度はこちらをじっと見ている。
睨んでいるといっても差し支えないほどの眼光で。
フリーズ、再び。
なぜそんな鋭い目で睨みつけられるのか、なぜ彼は少し怒った様子なのか、さっきの言葉は僕の聞き間違えではなかったのか……。疑問は際限なく湧いてくるのに、僕の口から出てくる言葉は「え」だとか「あ、あの、えっと」だとか、まるで意味のない言葉ばかりだった。
そんな僕に舌打ちを滲ませた溜息を吐いて、藤堂が言った。

「だから、そんなに好きなら付き合っていいって言ってんだろ」

同じ事を二度も言わせるなといわんばかりの苛立ちを含んだ口調だった。
思わずお手を煩わせてどうもすみませんと謝ってしまいそうだったが、待てよ、待てと口を塞ぐ。
僕はこの藤堂という男に、そんなにと言われるほどの好意を抱いたことも示したこともないし、当然付き合いたいとも思ったこともない。
なのに彼の口調は、まるで僕が交際を望んでおり、それを承諾してやろうという不遜さに満ち満ちていた。
僕から返ってくる言葉は、当然、感謝感激のものに違いないと信じきっている。
怖いくらいの自信だ。
こうした間違えた自信は俗に勘違いと呼ばれるものだけど、いくら勘違いとはいえこれだけの自信となると、真実すらねじ曲げてしまいそうな迫力がある。
現に、あまりの彼の自信に一瞬僕は彼のことが好きだったんじゃないかとさえ錯覚してしまいそうだった。
しかし頭の中によぎった彼女の美紀の顔が、僕を正気に戻してくれた。

「えっと、いや、そんな無理して付き合わなくても……」

僕は怖ず怖ずと答えた。
彼のプライドを傷つけないよう細心の注意を払って慎重に。
圧倒的自信とは時に事実や正当ささえ怯ませてしまう。
強い自信に守られこじれた勘違いを正すことは容易でないだろうし、その手だてを僕は知らない。
そんな僕の言葉に藤堂は鼻で笑った。

「別に遠慮しなくていい。男と付き合ったことないから試してみたいだけだし。あ、ちなみに付き合うと言っても、俺、彼女いるから、本命にはできないけどそれでもいいよな?」

女の子なら誰でもとろけてしまいそうな綺麗な笑みでもって、不誠実極まりないことをのたまうものだから、あまりの目と耳の情報の差異に頭がまたまたフリーズ。
その不遜な不誠実さに、同じ男として憤るべきか羨むべきか、はたまた女の立場に立って嘆くべきか恨むべきか、判断しかねる。
とりあえず、男女の差はさておきこの場合呆れ返るのが妥当であろうから、僕はぽかんと口を開けた。

「まさか俺の本命になりたいのか? 悪いけど男と、しかもお前みたいな地味な男を本命にする気はない。もしお前が女だったとしてもありえないな」

あったとしたら政略結婚とかだな、と自分の言葉に笑う藤堂。
もし僕が藤堂の言うとおり彼のことを好きだったら、彼の言葉に傷つき絶望し、憎悪と悲しみで悶絶していただろう。
しかし、彼に対して好意は全くない。
そこは不幸中の幸いとでも言うべきか、いやそもそも好きではないのだから彼の言葉は僕にとって全く不幸ではないのだけれど、それでも彼の失礼極まる無礼な言い様は僕を苛立たせた。
もともとこの男とは気が合わないだろうとは思っていたが、実際気の合う人間なんてこの世の中にほんの少ししかいないのだから、彼のことは数多くの気の合わない人間の一人として、適切な距離を置いて接していた。
好きでもなければ嫌いでもない、そういったカテゴリーにおさまる人だった。
しかし今、この短時間で、彼は間違いなく嫌いな人間カテゴリーに僕の中で振り分けられた。
こんな勘違い野郎の不快な茶番劇を終わらせるには、僕が「本命になれないなら嫌!」とでも言って彼の不遜な承諾を蹴ってやればいいのだろうが、それでは僕が彼に好意を持っていることになってしまう。
嘘でもそうは思われたくない。
屈辱だ。
かと言って、「別に僕は君のことを好きじゃない」と事実を突きつけたとしても、この強い自信で根を張った勘違いはそれを受け入れることはしないだろう。
この男に自分はお前に好意など持っていないとスムーズに分からせる方法はないものかと考えていると、スッと気配が近づいてきたので顔を上げた。
いつの間にか僕の前まで来ていた藤堂がじっとこちらを見下ろしていた。

「まぁ、モノは試しって言うし、とりあえずやってみるか」

彼の不穏なひとり言に我知らず冷や汗が垂れた。
「な、なにを?」と訊ねる前に唇は塞がれてしまった。
そこからはあれよあれよと事が進み、気付けば本来男の僕にあるはずもない処女を喪失してしまった。
元々なかったものだ、くれてやれ! なんて開き直ることは当然できないのだけど、不思議と僕らの体だけの関係は未だ続いている。

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